カタパルトスープレックスニュースレター
OpenAI、ChatGPTの規制緩和へ/「サム・オルトマン解任劇」がニューヨークで上演/食品業界の代表者がトランプ政権で糾弾者に転身/AIエージェントの試験導入は進んでいるが、利用は進んでいない/UXライティングについて英国政府が教えてくれること/など
OpenAI、ChatGPTの規制緩和へ―多様な意見表明を容認
OpenAIが大きな方針転換(Model Spec)を発表した。AIチャットボットのChatGPTについて、より多様な視点や意見を提供できるよう、トレーニング方法を変更する。この変更により、ChatGPTは以前より幅広い質問に回答し、より多くの観点を提示できるようになる。また、これまで回答を控えていた話題についても取り扱うことになる。
新しい方針では「真実を共に追求する」という考えを掲げ、たとえ一部のユーザーが道徳的に問題があると感じる内容でも、編集的な立場を取らないことを明確にした。その代わり、物議を醸す主題に対して複数の視点を提供する中立的なアプローチを取る。
この変更は、保守派からの批判に対する対応とも見られるが、OpenAIはトランプ政権への配慮を否定している。むしろ、ユーザーにより多くの制御を与えるという長年の信念を反映したものだと主張する。
同時期に、Metaのマーク・ザッカーバーグもプラットフォームを修正憲法第1条の原則に沿って再構築すると発表した。Silicon Valleyの主要企業の多くが、これまでの左派寄りの方針から転換する動きを見せている。
OpenAIは現在、5000億ドル規模のAIデータセンター「Stargate」プロジェクトを進めており、トランプ政権との関係は一層重要になっている。同時に、GoogleSearchに代わるインターネット上の主要な情報源となることを目指している。
「サム・アルトマン解任劇」がニューヨークで上演
米国のAI業界を揺るがした「サム・アルトマン解任劇」が、ニューヨークで舞台芸術として上演されることになった。マシュー・ガスダが手掛けた新作演劇「Doomers」は、2023年11月にOpenAIのCEOを解任されたサム・アルトマンの物語を題材としている。劇中では架空の企業「MindMesh」のCEO「セス」が描かれ、彼の解任をめぐる一夜の出来事が展開される。
物語の中心には、AIの存在が人類に与える約束と脅威という現代的なテーマが据えられている。セスは「奇跡を生み出したことで解任された」と主張し、AIの開発競争における勝利を最優先する姿勢を貫く。一方で安全性を重視する倫理担当者は「醜い人間が作る神は醜くなる」と警告を発する。
舞台では、シリコンバレーの文化も鋭く風刺されている。ポリキュール(複数の恋愛関係)やケタミンへの言及、マイクロドーズ(少量の幻覚剤摂取)といった要素が織り込まれ、テクノロジー界隈の独特な生態が描き出されている。
アルトマン本人には上演前に台本が送付された。
(The New York Times)(TechCrunch)
食品業界の代表者がトランプ政権で糾弾者に転身
食品業界の主力ロビイストだったスコット・フェイバーが、今や業界にとって最大の厄介者となっている。
フェイバーは2012年まで食品業界の業界団体で主任ロビイストを務めていた。その経験から業界の戦略を熟知する彼は、環境保護団体「環境ワーキンググループ」に転じ、食品添加物の規制強化を訴え続けてきた。特に問題視したのは「一般に安全と認められる」という免除規定だ。本来は油や酢など一般的な原材料を対象としたこの規定を、企業が新しい化学物質の導入に悪用していると指摘する。
彼の活動は2023年、カリフォルニア州で実を結んだ。州議会は着色料「レッド3」を含む4種類の化学物質の使用を禁止。その後、ニューヨークやオクラホマなど他の州でも同様の法案が提出され、連邦食品医薬品局(FDA)も規制強化に動き出した。
さらに追い風が吹く。トランプ大統領が新たに任命した保健福祉長官のロバート・F・ケネディ・ジュニアは「健康なアメリカを取り戻す」キャンペーンを掲げ、食品添加物の安全性に疑問を投げかけている。フェイバーは連邦レベルでの改革には慎重な見方を示すものの、食の安全性をめぐる全国的な議論の高まりを歓迎。業界の内部事情を知り尽くした「裏切り者」は、着実に成果を上げている。
AIエージェントの試験導入は進んでいるが、利用は進んでいない
AIエージェントと呼ばれる自律型AI技術が注目を集めているが、企業での本格的な導入はまだ進んでいない。Wall Street Journalが開催したCIOネットワークサミットの調査によると、61%の企業がAIエージェントを試験的に導入しているものの、21%は全く使用していない状況だ。最大の懸念は信頼性の欠如となっている。
一方でOpenAIやMicrosoft、Sierraといったベンダーは、従業員の日常業務を自動化するAIエージェントの導入が企業にとって急務だと主張している。OpenAIの会長を務めるBret Taylor氏は「AIの不完全さを受け入れ、問題が発生した際の対処方法を考えるべきだ」と述べた。
しかし、サミット参加者の29%がサイバーセキュリティとデータプライバシーを主な懸念事項として挙げており、リスクを取ることに慎重な姿勢を見せている。さらに75%の参加者が、現状のAI投資に見合う価値を得られていないと回答した。
Palantir社のCIO、Jim Siders氏は「多くの企業がAI革命から取り残されることを恐れ、とにかくAIを購入してから価値を見出そうとしている」と指摘。AI技術の実用化には、まだ時間がかかる可能性を示唆している。
UXライティングについて英国政府が教えてくれること
イギリス政府のウェブサイトGOV.UKが、ユーザー体験を重視した文章作成の新基準を確立した。コンテンツデザイン専門家のサラ・ウィンターズは、従来の官僚的な文体を一新し、実用的で分かりやすい文章表現を導入。この改革は世界のUXライティングに大きな影響を与えている。
ウィンターズのアプローチの核心は、「ユーザーが必要とする情報を、必要な時に、期待通りの形で提供する」という原則だ。ウェブサイト上でユーザーは文章の20〜28%しか読まないという研究結果に基づき、100単語ごとに脳への負担が増加することを考慮。簡潔な表現と明確な構造で情報を提示する手法を確立した。
改革以前の英国政府では、各省庁が数千もの個別サイトを運営し、市民が必要な情報を見つけるのは困難を極めた。ウィンターズは全ての政府情報を単一のプラットフォームに統合。市民目線のデザインを徹底し、複雑な法律用語を平易な英語に置き換えた。さらに、ページ作成から公開までのプロセスも効率化し、各省庁の意向よりもユーザビリティを優先する体制を確立した。
GOV.UKの文章ガイドラインは、実践的なUXライティングの模範となっている。専門用語や冗長な表現を避け、平易な英語で正確に意図を伝える。見出しと本文の構造化により、ユーザーは瞬時に必要な情報にアクセス可能だ。
この取り組みは単なる文章の簡素化ではない。ユーザーの行動分析に基づき、質問から回答、次のアクションまでの導線を最適化。政府サイトという硬質なプラットフォームで、使いやすさを追求したUXライティングの成功例として高い評価を得ている。この成功を受け、ウクライナ政府も同様のアプローチで公式アプリ「Diia」を開発。運転免許更新やコロナ証明書の取得など、あらゆる行政手続きをオンラインで完結できるサービスを実現し、GOV.UKの影響力の大きさを示している。
B2BのPLG戦略、製品以上にデータが重要課題
B2B企業のプロダクトレッドグロース(PLG)戦略において、最大の課題は製品開発ではなくデータ管理にあることが多い。従来のB2B販売では、営業担当者が顧客に製品を売り込む手法が一般的だった。しかし、PLGでは製品自体が営業の役割を担うため、ユーザーの行動データを正確に把握し活用することが不可欠となっている。
具体的な課題として、各部門でのデータの分断が挙げられる。製品チームは利用状況を分析ツールで確認し、営業チームはCRMでリードを管理するといった具合だ。この分断により、製品の利用状況に基づいて適切なタイミングで営業アプローチを行うという、PLGの基本戦略が機能していない企業が多い。
さらに、データ収集の方法自体も変革を迫られている。従来のクッキーやIPアドレスを使用した追跡が難しくなる中、ユーザーへの直接的な質問やプロダクト内でのアクションの追跡が重要性を増している。
専門家は、この状況を改善するために段階的なアプローチを推奨している。まず、顧客の成功に直結する一つの重要な指標を特定し、そのデータを確実に収集・活用する体制を整える。その後、徐々に指標を増やしていくことで、持続可能なPLG戦略の実現が可能になるという。多くの企業が、このアプローチに基づいてデータ基盤の再構築に着手し始めている。
米トランプ政権がフィンテック監督機関を閉鎖、CHIMEとKlarnaのIPOに追い風
トランプ政権による金融監督機関の事実上の閉鎖が、フィンテック業界に大きな影響を与えている。消費者金融保護局(CFPB)の機能停止により、決済アプリのCHIMEや後払いサービスのKlarnaなど、IPOを控える大手フィンテック企業にとって規制面での懸念が大幅に軽減された。
この動きはApple、Meta、PayPalなど、決済サービスを展開する大手テック企業にも追い風となる。CFPBは消費者保護の観点から、後払いサービスへの規制強化や、不正取引対策の厳格化を進めていた。特にバイデン政権下では、大手テック企業への監視を強化する方針を打ち出していた。
トランプ政権が任命した新たな責任者は、CFPBのすべての業務を停止し、職員の95%が解雇される見通しだ。ただし、州レベルの規制は継続されるため、フィンテック企業が完全に自由に事業展開できるわけではない。
CHIMEとKlarnaは2025年4月にIPOを予定しており、これが2021年以来初のフィンテックIPOとなる。両社とも売上高は大幅に増加している。Klarnaは米国での事業拡大、CHIMEは給与前払いサービスが成長を牽引した。金融規制の緩和により、両社のIPOは順調に進むと見られている。
Procoreの創業者が23年かけて10億ドル規模のSaaS帝国を築き上げた方法
23年間で10億ドル規模のSaaS企業を築き上げたプロコアの成長戦略は、辛抱強い長期的視点にある。創業者のトゥーイ・コートマンシュは、急成長を追い求めるのではなく、着実な歩みを選んだ。
創業から9年間で調達した資金はわずか500万ドル。当初は高級住宅建設向けに月額195ドルのソフトウェアを提供し、キャッシュフローを重視した経営を行った。2008年の金融危機で顧客の大半を失うも、商業施設建設分野への参入を決断。この危機を乗り越えたことで、業界での地位を確立した。
エンタープライズ市場への本格参入は創業から14年後。ボストン地域の大手建設会社を1社1社地道に開拓し、実績を積み上げた。建設業界特有の地域密着性を活かし、取引先を徐々に拡大していった。
現在では年間数億ドルを研究開発に投資し、10以上の製品ラインを展開。業界のデジタル化を牽引する存在となっている。コートマンシュ氏は「建設業界は変化が緩やかだったからこそ、製品を磨き上げる時間を得られた」と振り返る。
23年間CEOを務めながらも、コートマンシュ氏の情熱は衰えを知らない。最近ではPythonでのプログラミングを再開し、AIを活用した新たなソリューション開発にも意欲を示している。長期的な視点でイノベーションを追求する姿勢が、同社の持続的成長を支えている。
Nvidiaを3兆ドル企業に成長させた、ボート選手から転身したエンジニア
米半導体大手NVIDIAの時価総額が3兆ドルを突破した中、その成功の立役者として注目を集めているのがジョナ・アルベンだ。アルベン氏は同社のAIチップ開発の責任者として、約1000人のエンジニアを率いている。特に2022年、米政府が中国向け製品の規制を強化した際、同氏は既存チップの性能を物理的に制限する方法を編み出し、わずか2ヶ月で中国市場向けの新製品を投入することに成功した。この迅速な対応により、当時売上の2割を占めていた中国市場での事業継続を可能にした。
51歳のアルベンの経営手腕は、スタンフォード大学時代のボート競技で培われた。当時、117ポンドと小柄な体格ながら舵手として体重の2倍もある選手たちを指揮した経験が、現在の技術者チームの指揮に活きている。レース前の計量では規定体重をクリアするため1ガロンの水を飲み、計量後に排出するという徹底ぶりも、ルールの範囲内で限界に挑戦する現在の姿勢につながっている。
同氏は1997年にNVIDIAに入社して以来、技術的課題の解決に卓越した手腕を発揮してきた。特にチップの不具合が発生した際は、コードを1行ずつ精査し、6-12ヶ月の開発遅延につながりかねないハードウェアの修正を回避してきた。現在、NVIDIAはAlphabetやMicrosoftなど大手テック企業向けのAIチップで圧倒的なシェアを誇る。アルベンは、次世代チップの開発に3年もの期間を要する中、社内のAI研究者との密接な対話を通じて、顧客ニーズを先読みする手法を確立した。
元々ゲーム用グラフィックス処理向けだったNVIDIAのチップは、2010年代初頭にAI学習に適していることが判明した。アルベン氏は、自社のチップが人間の嗅覚をシミュレートする研究に使用されていることを知り、その潜在的な可能性を認識したという。同氏の存在は、米中ハイテク冷戦の最前線に立つNVIDIAの技術革新を支える重要な柱となっている。
VCによる原子力発電に対する投資が活性化
かつてベンチャーキャピタルが投資を避けていた原子力発電事業が、にわかに投資の的となっている。の変化の背景には、AI技術の急速な発展がある。データセンターの電力需要が爆発的に増加する中、24時間稼働可能でカーボンフリーなエネルギー源として、原子力発電が脚光を浴びている。大手テクノロジー企業が気候変動対策の一環として原子力発電事業への支援を表明し、これが投資家の信頼を一層高めている。
代表的な事例として、Microsoftの共同創業者ビル・ゲイツが設立したTerraPowerがある。同社は創業から20年近くを経て、ようやく実用化に向けた段階に入った。また、小型モジュール炉を開発するOkloは、OpenAIのCEOサム・アルトマンが主導する特別目的買収会社との合併を経て株式を公開。株価は公開以来500%以上上昇している。
ただし、原子力発電事業への投資には課題も残る。安全性への懸念から規制当局の審査は厳格で、開発には長期間を要する。NuScaleは小型モジュール炉の設計認証を米国原子力規制委員会から取得したものの、実際の受注には至っていない。しかし投資家はこうした状況を理解した上で、長期的な成長を見込んでいる。
一連の動きは、気候変動対策とAI革命という時代の要請が、投資家の判断基準を大きく変えつつあることを示している。