カタパルトスープレックスニュースレター
マーケティングでのAI活用が加速/トランプ政権、ハーバード大学との対立は「誤送信」が原因と釈明/スタンフォード大学2025年AI指数レポート/今すべてのマーケティングチャネルは本当にダメなのか?/元CIA職員、欧州の軍事支出ブームに賭ける/など
マーケティングでのAI活用が加速
マーケティング分野における生成AIの活用が加速している。ブランド各社は、AIがキャンペーンの企画から制作、審査までを担う体制へとシフトしつつあり、完全にAIによって構成されたマーケティングの到来が現実味を帯びている。
例えば、Prudential FinancialはAdobeおよびAIスタートアップのGradialと連携し、「デジタル従業員」と呼ばれるAIエージェントを導入。ユーザーの行動データや位置情報、リアルタイムの関心に基づいて、顧客やアドバイザーごとにパーソナライズされたウェブページを自動生成している。また、Prudentialは規制産業に属するため、コンテンツが法的基準やブランドガイドラインに準拠しているかをチェックする「評価用AI」も同時に導入。特に経営陣の名前で発信されるコンテンツには厳格な審査体制を設けているが、一部のコンテンツでは人の最終確認を不要とする段階に達している。
医薬品・健康関連商品を展開するOpellaは、アレグラ(Allegra)やドゥコラックス(Dulcolax)など多数のブランドを持ち、AIによるマーケティング素材の「大量生産体制」を構築。社内にはAIが誤情報(いわゆる「ハルシネーション」)を出力しないよう、規制担当者を組み込んだAIチームを配備している。医療的正確性を担保するため、AIは医療専門家の知見に基づいて訓練されている。Opellaの方針では、AIが出力した素材は基本的に人間による事実確認以外の修正は行わず、そのスピードを最大限に活かしている。
完全AI生成の動画広告も試行されている。S4 Capital傘下のMonksは、スポーツブランドPumaのプロジェクトで、AIによってスクリプト作成やディレクションが行われたプロトタイプ動画を公開。AIエージェントがブランドトーンやビジュアルスタイルに基づいて作成した初稿に対して、Puma側は人間による修正を加えるなど、最終的には従来の編集工程に近づいた。この取り組みはあくまで社内実験であり、現時点で一般公開向けの本格導入には至っていない。
AI活用の流れは進んでいるが、その成果物が消費者に十分な訴求力を持つかどうかには疑問もある。AIコンサルティング会社3 Standard Deviationsの創業者セシリア・ドーンズは、「AIがAIの成果物を評価する時代だが、機械はピザを食べたり服を買ったりしない」と述べ、人間の判断による最終的な評価の重要性を強調している。
トランプ政権、ハーバード大学との対立は「誤送信」が原因と釈明
ハーバード大学がホワイトハウスの反ユダヤ主義タスクフォースから受け取った強硬な要求書をきっかけに、米国政権と名門大学との間に深刻な対立が勃発した。問題の書簡は、2025年4月11日付で保健福祉省の臨時法務顧問ショーン・キブニーから送られ、学生の採用や入学、カリキュラムに大きな変更を求める内容だった。ハーバード側は「到底受け入れられない要求」として、4月14日にこれを拒否し、政権との対決姿勢を公表した。
ところがその直後、政権内部から「書簡は未承認で、送信は誤りだった」との釈明があった。発信者のキブニー氏は反ユダヤ主義タスクフォースの一員で、関係者によれば本来は内部共有用だった可能性もあるという。ただし内容自体は「本物」であり、ホワイトハウスは公式には書簡を撤回していない。
書簡が送られる前、ハーバードと政権側の弁護士は約2週間にわたり対話を続けていた。双方は抽象的な懸念を共有しつつ、詳細は今後の書簡で明らかにされる予定だった。しかし届いた文書は予想を大きく超える内容で、ハーバードは即座に公表・拒否へと踏み切った。
これに対し政権側は対抗措置を講じ、大学への22億ドルの連邦補助金を凍結。さらに非課税資格の見直しまで示唆した。政権高官メイ・メイルマンは「ハーバードが誠意を持って協議を継続していれば対立は避けられた」と主張。謝罪すれば再協議の余地もあると発言した。
ハーバード側は、「政府の公式レターヘッドと署名がある文書を疑うのは非現実的」と反論。結果として、たとえ「誤送信」であっても、すでに大学・学生・教職員への影響は甚大であり、政権の対応は米国高等教育の国際的信頼を揺るがしかねないと強く非難している。
スタンフォード大学2025年AI指数レポート
スタンフォード大学が発表した2025年AI指数レポートによると、人工知能技術の進化が顕著に加速している。特に新たに導入された難関ベンチマークでのAIパフォーマンスが大幅に向上し、MMMU、GPQA、SWE-benchのスコアがそれぞれ18.8、48.9、67.3ポイント上昇した。高品質な動画生成能力も飛躍的に向上し、一部のプログラミングタスクでは時間制限のある環境で言語モデルエージェントが人間のパフォーマンスを上回った。
AIの日常生活への浸透も急速に進んでいる。医療分野では米国FDAが認可したAI医療機器数が2015年のわずか6件から2023年には223件へと激増。交通分野では、実験段階を超えた自動運転車が実用化され、米国最大手のWaymoは週15万回以上の自律走行サービスを提供、中国のBaiduが展開する手頃な価格のApollo Goロボタクシーは中国の多数の都市でサービスを展開している。
ビジネス分野でのAI導入も加速しており、2024年の米国AI民間投資額は1,091億ドルに達し、中国の93億ドル、英国の45億ドルを大きく上回った。特に生成AIへの投資は勢いが強く、世界全体で339億ドルを集め、前年比18.7%増加した。企業のAI活用も進み、2024年には組織の78%がAIを使用していると報告しており、前年の55%から大幅に上昇した。
米国は依然として先端AIモデル開発をリードしており、2024年には米国の機関が40の注目すべきAIモデルを開発し、中国の15、欧州の3を大きく上回った。しかし、中国モデルの性能は急速にギャップを縮め、MMLU、HumanEvalなどの主要ベンチマークでの差は2023年の二桁から2024年にはほぼ同等まで縮小した。
AIに対する世界的な楽観論は高まっているものの、地域間で大きな違いがある。中国(83%)、インドネシア(80%)、タイ(77%)ではAI製品やサービスを有益と考える割合が高い一方、カナダ(40%)、米国(39%)、オランダ(36%)では依然として低い水準にある。しかし、2022年以降、以前は懐疑的だったドイツ(+10%)、フランス(+10%)、カナダ(+8%)、英国(+8%)、米国(+4%)などでも楽観論が大幅に増加している。
AIの効率化と低コスト化、アクセシビリティも進んでいる。高性能な小型モデルの発展により、GPT-3.5レベルの推論コストは2022年11月から2024年10月までに280分の1に低下した。ハードウェアレベルでもコストは年間30%減少し、エネルギー効率は年間40%向上している。これらの傾向により、高度なAIへのアクセス障壁が急速に低下している。
各国政府もAI規制と投資を強化しており、2024年には米国連邦機関が前年の2倍となる59のAI関連規制を導入し、導入機関数も倍増した。世界的にもAIに関する法律の言及は75カ国で前年比21.3%増加し、2016年からは9倍に増加した。政府の大規模投資も進み、カナダは24億ドル、中国は475億ドルの半導体基金、フランスは1,090億ユーロ、インドは12.5億ドル、サウジアラビアのProject Transcendenceは1,000億ドル規模のイニシアチブを発表した。
今すべてのマーケティングチャネルは本当にダメなのか?
アンドリュー・チェンは自身のSubstackで、「SEOも広告もSNSも、あらゆるマーケティングチャネルがもはや機能しない」と断言した。アンドリュー・チェンは、元Uberのグロースチームの中心人物であり、現在はベンチャーキャピタルa16z(Andreessen Horowitz)のパートナー。ネットワーク効果や成長戦略に関する知見で知られ、スタートアップ業界では影響力の大きい人物である。
しかしMKT1のエミリー・クレイマーはこれに真っ向から反論する。「チャネルは死んでいない。ただありふれた使い方ではもう通用しないだけだ」と語る。MKT1は、元AsanaやBoxでマーケティングを率いたエミリー・クレイマーが共同設立した、B2Bスタートアップ向けのマーケティング支援プロジェクト。ニュースレターや講座を通じて、実践的で人間中心のマーケティング戦略を提供している。
まず、チェンが列挙した「機能しないチャネル」に対し、クレイマーは再評価を加える。
SEOは確かに競争が激しく、低品質なハウツー記事では検索流入を得られない。しかし、高い検索意図を持つキーワードに絞り、差別化されたコンテンツを出せば依然として有効である。
インフルエンサーマーケティングも、小規模インフルエンサーとの丁寧な連携によって信頼性の高い結果を出せるようになってきている。
メールマーケティングは配信精度の課題があるものの、インテントデータやターゲティングツールを活用すれば精度の高い施策が実現できる。
広告、紹介、バイラル施策も同様だ。効果が落ちているのは事実だが、チャネルそのものが終わったわけではない。問題は、スタートアップが一つのチャネルに過剰依存し、それが飽和すると一気に成長が止まる構造にある。重要なのは、単一チャネル主義から脱し、複数チャネルを戦略的に組み合わせる「オーケストレーション」である。
また、アンドリュー・チェンが強調した「プロダクトが王」という見解についても、クレイマーは異議を唱える。プロダクトが優れていることは当然として、それをどう届け、どう理解させるかというマーケティングの力がなければ、ユーザーに選ばれることはない。マーケターも市場理解とユーザー感性を駆使する“ビルダー”であり、プロダクト責任者と対等なパートナーであるべきだと指摘する。
さらにクレイマーは、従来“スケールしない”とされていた「小さなチャネル(Little Channels)」――具体的にはコミュニティ、パートナーシップ、インフルエンサー連携、限定イベントなど――が、いまやツールやプラットフォームによって十分にスケーラブルになっていると強調する。これらは「人間らしさ」や「信頼性」を武器に、大企業には真似できない形でユーザーとつながることができる。
そして最後に、AIの普及によってコンテンツが画一化・高速化する中、逆説的に「アートとしてのマーケティング」が再評価されていると語る。自動化や生成AIによって誰もが同じような資料を作れる時代に、差別化され、尖った(spiky)メッセージや表現こそが突破口になる。 マーケティングは「アルゴリズムの時代」から「アートの時代」に移行している。
結論として、マーケティングチャネルは確かに変化しているが、「すべてが機能しない」とする見方は短絡的である。必要なのは、チャネルの再解釈と、現代のユーザーやツール環境に合わせた戦略的な組み立てである。マーケティングは終わっていない。むしろ今こそ、再構築と革新の好機である。
元CIA職員、欧州の軍事支出ブームに賭ける
エリック・スレシンジャー(35歳)は元CIAの情報将校から国防技術に特化したベンチャーキャピタリストへと転身し、欧州の防衛スタートアップへの投資を加速させている。トランプ大統領の再選後、米欧関係の不確実性が高まる中、欧州各国は何千億ユーロもの軍事支出計画を打ち出し、武器、ミサイル防衛、衛星システムなどへの投資を急速に拡大している。
「トランプが勝っても、ハリスが勝っても、誰が勝っても、欧州には技術的なキャッチアップが必要だという事実は変わらなかった」とスレシンジャーは言う。彼は4年前にマドリードに移住し、米国の軍事保護が保証されない時代が来ると予測していた。その先見性は今、注目を集めている。
彼の一人運営のベンチャーキャピタル「201ベンチャーズ」は2200万ドルのファンドを完成させ、スウェーデンの海洋ドローン企業、イギリスの製造技術メーカー、ギリシャのAI企業、ドイツの極超音速機スタートアップなど、欧州全土の防衛技術スタートアップに投資している。
アメリカはシリコンバレーが国防総省の資金で始まったように、防衛投資の長い伝統があるが、欧州では倫理的な懸念から投資家が防衛関連ビジネスを敬遠してきた。しかしロシアのウクライナ侵攻以降、その認識は急速に変化している。
2月、スレシンジャーはミュンヘン安全保障会議でJDバンス副大統領が欧州を痛烈に批判する演説を聞いた。数週間以内にドイツ、フランス、イギリスなど欧州各国は軍事支出の大幅増加を約束し、米国をもはや頼れない同盟国とみなすようになった。
経済の不確実性に挑むFigmaのIPO申請
デザインツール大手Figmaが市場の不安定さを物ともせず、米国証券取引委員会に新規株式公開(IPO)の申請書を秘密裏に提出した。2023年にAdobeとの200億ドル規模の買収合意が規制当局の反対で破談となって以降、同社は独立企業としての道を模索していた。創業者のディラン・フィールドCEOは「ベンチャー企業には買収されるか株式公開するかの2つの道がある。我々は買収の道を徹底的に探ったが、今は公開を目指す」と述べている。
Figmaの業績は印象的で、年間経常収益が2023年末の約6億ドルから2024年末には約9億ドルへと50%増加した。また、潤沢なキャッシュを生み出し、異例に高い粗利率を誇ることも明らかになっている。
同社は2012年に設立され、ブラウザベースのデザインプラットフォームを提供。デザイナー、開発者、製品マネージャー向けにリアルタイムコラボレーションを可能にしている。 Bbntimesこの点がチケット販売のStubHubや「後払い」サービスのKlarnaなど、IPOを延期した企業とは一線を画す。Figmaのようなソフトウェアは、景気後退時にも企業の支出が続く傾向がある。
2025年はこれまでのところIPO市場が好調で、Renaissance Capitalによると4月1日までに52件の米国IPOが成立し、前年比62.5%増加している。Figmaの株式公開は経済の先行き不透明感がある中での勇気ある一歩と言える。
ICE国外追放ツールの内部
米国では移民取締り機関ICEによる大規模な監視システムと強制送還の動きが加速している。Palantirが開発した「捜査事件管理システム(ICM)」は、ICEが移民のデータを分析・追跡するための強力なツールとなっている。このシステムは2013年頃から存在していたが、近年さらに強化され、移民の滞在資格、入国状況、身体的特徴、犯罪歴、位置情報など数百種類のカテゴリーでフィルタリングが可能になっている。
このデータベースは当初、国土安全保障捜査局(HSI)向けに作られたものだが、現在は強制送還業務部門(ERO)や政府弁護士なども利用できるようになり、政府内の多くの部署がアクセス可能となっている。さらに、国税庁(IRS)もICEとデータを共有すると発表しており、税金を納めている移民が法執行機関によって不利益を被る可能性が指摘されている。
最近の契約情報によれば、ICEはPalantirに「新たな標的設定と強制措置の優先順位付け、自主帰国の追跡、移民のライフサイクルプロセス機能の展開」のために数千万ドルを支払っている。これは単なるインフラ提供ではなく、Palantir社が大量強制送還を支える技術インフラに積極的に関与していることを示唆している。
専門家らは、どの部署がこのシステムにアクセスでき、どのように人々を特定しているかを知ることが重要だと指摘する。このシステムは、もともとは「本当の犯罪者」を捕まえるために作られたものだが、現在は犯罪の疑いのない人々にも使用されており、移民に対して厳しい姿勢をとる政権によって意図的に悪用される恐れがある。
この状況は、長年前に構築された監視システムが、当初の目的を超えて拡大し、現政権の移民政策の実施に利用されている実態を示している。こうした技術インフラが今後どのように使われていくのか、専門家も市民も注視していく必要がある。