カタパルトスープレックスニュースレター
アカデミー賞、警告付きでA.I.の使用を認める
アカデミー賞は2025年に向けてルール改定を発表した。最も注目される変更点は、人工知能(AI)技術を用いた映画作品の扱いに関する新指針だ。
アカデミー映画芸術科学協会は「生成AIやその他のデジタルツールの使用は、ノミネーション獲得の可能性を助けも妨げもしない」と明記した。ただし審査においては「人間の創造的な関与の度合い」が重視される。この判断はアカデミーの科学技術評議会からの推奨に基づいている。
AI技術の映画制作への導入は昨年急速に進んだ。2024年のアカデミー賞では『ザ・ブルータリスト』のエイドリアン・ブロディがハンガリー語のアクセント向上にAIを使用し、主演男優賞を受賞。また、映画『エミリア・ペレス』でも歌声の強化に類似の音声複製技術が使用された。
一方で、AI技術の使用は依然として議論の的となっている。2023年のハリウッドストライキでは、俳優やシナリオライターたちがAIによる雇用喪失への懸念を表明。スーザン・サランドンは「私の顔、体、声を使って、私に選択肢がないことを言わせたり行動させたりできるなら、それは良いことではない」と発言している。
投票方法の変更も重要な改革点だ。アカデミー会員は各カテゴリーの最終投票に参加するためには、そのカテゴリーのノミネート作品すべてを視聴することが義務付けられた。これは「連動投票」を減らし、より情報に基づいた投票を促すためだ。
さらに、今回初めて「キャスティング賞」が創設される。キャスティングディレクター、映画制作者、プロデューサーの創造的なコラボレーションによる俳優アンサンブルの結成が評価される。
最優秀撮影賞もショートリストプロセスに追加され、撮影監督部門は10〜20作品を選出する。その他にも、国際長編映画賞の対象が難民や亡命資格を持つ映画製作者にも拡大されるなど多くの変更が実施される。
第98回アカデミー賞授賞式は2026年3月15日に開催予定で、司会はコナン・オブライエンが務める。ギレルモ・デル・トロの『フランケンシュタイン』やクロエ・ジャオの『ハムネット』など期待作が多数控えている。
(Variety)(The New York Times)(BBC)
米国スポーツ賭博市場の変遷と現状
米国のスポーツ賭博産業は近年、急激な変化を遂げている。2018年5月、米国最高裁判所はプロ・アマチュアスポーツ保護法(PASPA)を違憲と判断し、各州に賭博合法化の権限を与えた。この判決以前、ネバダ州以外でのスポーツ賭博は実質的に違法だった。
この判決以降、現在までに30州以上とワシントンD.C.がスポーツ賭博を合法化している。これにより、かつてはラスベガスやニュージャージーなど限られた場所や非合法の賭博業者を通じてのみ行われていた活動が、今では多くのアメリカ人が日常的に参加できる娯楽へと変わった。
TaxActの調査で示された79%という高い参加率は、この合法化の流れを反映している。特に注目すべきは賭博の頻度だ。参加者の半数以上(54%)が年に数回程度と回答し、日常的な習慣というよりも「たまの楽しみ」として位置づけている人が多い。
賭博の主な動機もまた、収益目的(16%)よりも娯楽性が強い。「スリル」(30%)や「スポーツ観戦の興奮を高める」(25%)といった回答が多数を占めており、従来のギャンブルとは異なる「エンターテインメント消費」の側面が強まっている。
オンライン賭博プラットフォームの普及も市場拡大の重要な要因だ。スマートフォンのアプリを通じて簡単に賭けができるようになり、物理的なカジノに足を運ぶ必要がなくなった。これにより、若年層を中心に新規参入者が増加している。
しかし、この急速な普及により新たな課題も浮上している。税務知識の欠如はその一例だ。調査によれば、賭博による収益が課税対象であることを正確に理解していたのは参加者の25%に過ぎず、全ての収益をIRSに報告する義務があることを知っていたのは18%だった。
アメリカン・ゲーミング協会の報告によれば、この産業は2024年に137億ドルの収益を記録し、前年比で約24%増加した。これは合法化から数年経った現在も、市場が成長期にあることを示している。
専門家は、今後も市場は拡大するものの、税務問題や問題ギャンブルへの対策など、規制面での整備が課題になると指摘している。
OpenAIの非営利団体としての根幹を放棄する計画の内幕
OpenAIは、もともと「全人類の利益のためにAGI(汎用人工知能)を開発する」という非営利ミッションの下に設立されたが、現在は3,000億ドル規模の営利企業としての側面が強まり、その非営利的統治構造を放棄する動きが議論を呼んでいる。2023年のサム・アルトマン解任騒動以降、投資家から「営利企業としての明確化」を求められ、現在は非営利団体が営利子会社を支配する構図を改める計画が進行中だ。
しかしこの「営利化」には、イーロン・マスクによる訴訟(「非営利性維持を前提にした寄付が裏切られた」)や、カリフォルニア州・デラウェア州の司法当局の調査といった法的障壁が存在する。元従業員たちも、「OpenAIのチャーターは理想主義者を集めるための仮面に過ぎなかった」として、非営利構造を維持すべきと主張している。
OpenAIは、この動きに反発する非営利団体や世論の鎮静を図るため、「カリフォルニア州の科学・教育問題に取り組む非営利コミッション」を発足。しかしこれは「本質的な問題から注意を逸らすPR戦略」として受け止められている。
現在、営利転換が進まなければOpenAIは巨額の投資を返還する義務を負うリスクがある一方で、法的な手続きや評価プロセスには時間がかかると見られる。専門家らは「営利化による資金の見返りより、現在の統治権こそが非営利ミッションを遂行する最善の手段」と指摘し、使命そのものの放棄ではないかとの懸念が強まっている。OpenAIは、「善意の非営利団体」から「勝利を最優先する営利企業」へと変貌を遂げつつある。
Less Wrongは、合理的思考や人工知能の安全性、未来社会について深く議論する英語圏のオンラインフォーラムである。AI研究者エリヤザー・ユドカウスキーによって創設され、認知バイアスや意思決定理論、AIリスクなどをテーマに、科学者や技術者、思想家が集まり知的な議論を交わしている。OpenAIや効果的利他主義とも関係が深く、AI時代の哲学や倫理を考える上で重要な拠点となっている。
Microsoftがより厳格なパフォーマンス改善計画(PIP)を導入
Microsoftがより厳格な新たな人事評価制度を導入した。同社のエイミー・コールマン最高人事責任者が社内メールで発表したところによると、業績不振の従業員に対する新しい「パフォーマンス改善計画(PIP)」が正式に導入された。この制度では、業績不振者は改善目標に取り組むか、「グローバル自主退職合意」で退社するかの二択を迫られる。
低評価(マイクロソフトの0-200スケールで0-60%)で退職する従業員や、PIPプロセス中に退職する従業員は2年間再雇用されない規定も設けられた。また、これらの従業員は在職中の社内異動も禁止される。
この発表は、マイクロソフトが2,000人の業績不振者を退職金なしで解雇した数ヶ月後に行われた。同社はさらに、管理職が「建設的または困難な会話に備える」ためのAI支援ツールも開発中だ。
コールマンは「セキュリティ、品質、AI分野でのリーダーシップという優先事項を達成するための高いパフォーマンスの実現が引き続き焦点だ」と強調し、これらの変更は「グローバルに一貫した透明性のある体験」を創出し、「説明責任と成長」を促進することを目指すと述べた。
Google DeepMind CEOでAIノーベル賞受賞者のデミス・ハサビスがCBSの「60ミニッツ」に出演
ノーベル賞受賞者であるデミス・ハサビスは、AIを「究極の知識拡張ツール」と位置づけ、DeepMindの目標を「汎用人工知能(AGI)」の実現と明言した。現在、開発中の「Project Astra」は、視覚・聴覚を通じて世界を理解し、感情や物語の構築にも対応するチャットボットである。実演では、エドワード・ホッパーの絵画に対して「未完の夢に悩むエレノアの物語」を即興で語り、対話中に相手の感情を読み取る繊細さを示した。
また、「Gemini」シリーズはタスク実行力を重視し、視覚付きAIをメガネ型端末で展開。街の歴史や環境問題を即時解説する様子が紹介され、AIの「日常生活への統合」を示唆した。さらに、曖昧な指示に従い「黄+青=緑」と推論して動くロボットも登場し、推論力の進化も印象づけた。
ハサビスは、AIの自我や意識について「現行モデルには存在しないが、将来的には兆候が見られるかもしれない」とし、自己と他者の理解がその入口になると述べた。ただし「シリコン上の意識」は人間の「炭素的存在」と本質的に異なるとも強調した。
一方、AIの想像力や直観力はまだ不十分であり、「自発的に新しい仮説を立てる」力は未到達だと認めた。しかし5〜10年以内に科学的ブレイクスルーの創出も可能になると予測した。
AlphaFoldによる200万以上のタンパク質構造予測で、創薬が「10年から数週間」に短縮される可能性も示された。最終的には「病の克服」すら視野に入るという。
ハサビスはAIのリスクも強調。悪意ある利用や自律的暴走の懸念から「子どもを育てるように倫理を教え、国際協調を通じて安全性を確保すべき」と警鐘を鳴らした。AGIの実現が「人間の営み全体を変える」未来が近づく中で、哲学の再構築も必要になると結んだ。
TSMC、AIチップ輸出管理に限界を示唆
世界最大の半導体メーカーであるTSMC(台湾積体電路製造)は、AIチップの対中輸出規制について、全ての最終用途を把握・制御するのは実質的に不可能であるとする年次報告書を発表した。米国政府は輸出管理強化により中国の先端技術取得を阻止しようとしているが、TSMCは「サプライチェーンにおける自社の立場上、下流の使用者情報を完全に把握することはできない」としている。
実際、制裁対象の中国・華為技術(ファーウェイ)のAIアクセラレーターに、TSMCが製造したNVIDIAのAIチップが含まれていたとの報告もあり、TSMCは米台政府の調査に協力したが、違反防止の「完璧な解決策はない」とも認めている。
TSMCは規制違反が発覚すれば、評判失墜や法的責任、罰則といった深刻な影響を受けると警告。また、トランプ前大統領が2025年に発表した半導体関税拡大方針により、同社がこれまで享受してきた「関税回避の恩恵」が失われる可能性もある。
さらに、中国側の原材料輸出制限も重なれば、TSMCの製造コストは急増し、サプライチェーン全体が混乱に陥る恐れがある。同社は、制裁や輸出管理の強化が顧客需要や供給体制に影響を与える可能性があると指摘し、世界的な貿易緊張が続く中、法的・財務的リスクが拡大していると懸念を示している。
Ars Technicaは、ITや科学、ソフトウェア開発、ガジェット、テクノロジー政策などを専門的に扱うアメリカのオンラインメディアである。1998年に創設され、現在はCondé Nast傘下に属している。技術に詳しい読者層をターゲットとしており、深い分析や詳細なレビュー、業界動向の解説に定評がある。特にエンジニアや研究者、ITリテラシーの高い層から支持を集めている。
OpenAIがCursorの買収を断念して、急成長中のWindSurfを選んだ理由
OpenAIがCursorの買収を断念しWindsurf獲得へ舵を切った背景に迫る。AI開発ツール市場で急成長を遂げるCursorを開発するAnysphereは、現在年間約3億ドルの売上を記録し、平均して2ヶ月ごとに収益が倍増する驚異的な成長を続けている。そのため、OpenAIからの買収提案を含む複数のオファーを断り、独立路線を貫く姿勢を明確にした。Anysphereは代わりに約100億ドルの評価額での資金調達交渉を進めていると報じられている。
一方、OpenAIは20社以上のAIコーディングツール企業と協議を重ねた末、次に急成長しているWindsurfに30億ドルの買収提案を行った。Windsurfは比較的小規模ながら、年間売上が約1億ドルに達し、2月時点の4000万ドルから大幅に増加している。同社の製品は従来型企業システムとの互換性を備え、開発者コミュニティで支持を拡大中だ。
OpenAIがこうした買収に動く背景には、GoogleのGeminiや中国のDeepSeekといった競合他社による基盤モデルへのアクセス価格引き下げ圧力がある。さらに、AnthropicとGoogleが最近リリースしたAIモデルは、コーディングベンチマークでOpenAIのモデルを上回る性能を示し、開発者の間で選択肢となりつつある。すでに人気を確立したツールを買収することで、OpenAIはゼロからビジネスを構築する必要がなくなる。