カタパルトスープレックスニュースレター
「推論AI」は本当に考えているのか、Apple研究が疑問提起/AIが労働者の昇給を奪う構造、米国で生産性と賃金格差が拡大/「自己研鑽は自分の責任」FiverrCEOがAI時代の働き方に関して強烈なメッセージ/Googleの脆弱性でアカウント電話番号が丸見えに(既に修正済み)/など
「推論AI」は本当に考えているのか、Apple研究が疑問提起
Appleの最新研究がAI推論モデルの問題点を明らかにした。同社研究チームはOpenAIのo1やo3、DeepSeek-R1、Claude 3.7 Sonnet Thinkingなどの「推論モデル」が、実際には論理的思考ではなく過去に学習したデータのパターンを参照していることを示した。研究では数学問題ではなくハノイの塔、チェッカー、川渡りパズル、ブロック積みの4つのパズルを使用し、難易度を段階的に上げて評価した。その結果、推論モデルは簡単な問題では通常モデルより劣り、中程度の難易度では優れるが、高難度問題では完全に機能しなくなることが分かった。
注目すべき結果として、推論モデルは問題が難しくなると考える時間を短くしてしまうことが判明した。本来なら問題が複雑になるほど長時間考えるべきだが、実際には正解率が下がり始めると考える時間を減らしてしまう。さらに重要な発見として、ハノイの塔の解き方を教えられても、モデルはその方法を使わず、教えられていない場合とほぼ同じ地点で失敗することが分かった。これは推論モデルが決められた手順さえ正しく実行できないことを示している。
ただし研究結果の解釈については専門家の間で意見が分かれている。トロント大学のケビン・ブライアンは、これらの問題は根本的な推論能力の不足ではなく、AIが無駄に長時間考えないよう意図的に設定されているためだと主張した。一方、AI研究者ガリー・マーカスは結果を「LLMにとって深刻な問題」と評価し、現在のシステムが体系的推論ではなく過去のデータから似たパターンを探しているだけだと指摘した。Apple研究チームも「パズルは推論タスクの一部しか測定していない」と研究の限界を認めている。この研究は生成AIの有用性を完全に否定するものではないが、AGI実現への道筋について見直しを求めている。
AIが労働者の昇給を奪う構造、米国で生産性と賃金格差が拡大
AIが労働者から昇給を奪っているという分析が注目を集めている。YouTubeチャンネルの調査によると、米国では1970年代以降、労働生産性と賃金の間に大きな格差が生まれており、AIの導入がこの問題をさらに悪化させる可能性があるという。1913年にヘンリー・フォードが組立ライン導入で生産性を8倍向上させた際は労働者の給与を2倍にしたが、現在の企業は生産性向上の恩恵を労働者に還元していない。チャートによると、戦後から1970年代までは生産性と賃金が連動していたが、その後は生産性が上昇しても賃金は横ばいのままだった。
この格差拡大の背景には1970年代の経済危機がある。オイルショックやスタグフレーションにより企業は緊縮策を取り、最低賃金は25%下落し、労働組合加入率も減少した。さらに1982年の自社株買い規制緩和により、企業は利益を労働者への再投資ではなく株主還元に回すようになった。高所得者への減税も影響し、年収20万ドル以上への税率は55%から32%に、60万ドル以上は70%から大幅に引き下げられた。これにより経営者は昇給より自己利益を優先するインセンティブが生まれた。
現在のAI導入は労働者の負担を軽減するのではなく、より多くの作業を要求する口実として使われている。テック業界では2023年から2024年にかけて50万人が解雇され、残った労働者により多くの業務が課されている。GoogleのセルゲイブリンはAIチームに週60時間勤務を推奨するメールを送り、労働者の8割が燃え尽き症候群を感じているという調査結果もある。フランス、ベルギー、ドイツなどは「つながらない権利」や最大労働時間の法的規制を導入しているが、米国にはこうした保護策がない。AIツール自体ではなく、それを労働者搾取に利用する企業の姿勢が問題だと分析は結論づけている。
「自己研鑽は自分の責任」FiverrCEOがAI時代の働き方に関して強烈なメッセージ
Fiverrの創業者でありCEOミカ・カウフマンが従業員に向けて「AIがあなたの仕事を奪いにくる」という強烈なメッセージを発信し、論議を呼んでいる。カウフマンは社内で250人が参加した会議で「理想的には各従業員が自分の業務の100%を自動化すべきだ」と述べ、それにより浮いた時間で自動化できない新しい価値を創造するよう求めた。同氏は「AIは我々が人間性を再発見することを強制している。ロボットのようにできる作業は自動化されるべきで、人間には高度な判断力や創造性が求められる」と説明した。しかし従業員の自己研鑽については厳しい姿勢を示し、「あなたを専門家として成長させるのは私の責任ではない。現実を受け入れ自分を価値ある存在にする努力をしなければ、貧困か社会の負担になるだけだ」と警告した。
カウフマンは現在のAIブームを2000年代のドットコムバブルと比較し、市場に参入する企業数が過剰だと指摘した。「毎日40の新しいスタートアップが現れるが、そんなに多くの企業が必要な市場はない」として、999社中999社が1~2年以内に消失すると予測している。特に問題視するのは「クローン時間」の短縮で、以前は競合他社が製品を模倣するのに9か月かかったが、現在は10日程度に短縮されているという。これにより差別化や先行者利益の確保が困難になり、多くの企業が限界的な改良しか提供できていないと分析した。
AI導入の影響については、同氏の会社では顧客サポートよりもマーケティング部門で最も大きな変化が起きているという。プログラミングではAIがコピー&ペーストや ライブラリ検索など開発者が嫌う作業を代替しているが、マーケティングでは人間の行動理解がより重要で、完全自動化は時期尚早だと述べた。カウフマンは「AI技術自体を恐れる必要はないが、この技術革命を使って労働者を搾取する企業の姿勢を恐れるべきだ」と警鐘を鳴らし、政府による規制や高額なAI技術の登場により市場の整理が進むと予想している。
Googleの脆弱性でアカウント電話番号が丸見えに(既に修正済み)
セキュリティ研究者がGoogleアカウントに紐づく電話番号を特定する手法を発見し、物議を醸している。「brutecat」と名乗る独立系研究者は、通常は非公開である電話番号情報を総当たり攻撃で取得する方法を見つけた。この手法では攻撃者がまずGoogle Looker Studioの文書所有権を標的に移譲し、文書名を数百万文字に設定することで通知を回避する。その後、カスタムコードを使って電話番号の組み合わせを大量に試行し、正しい番号を特定する仕組みだった。米国の電話番号なら約1時間、英国なら8分、その他の国では1分以内で特定可能だったという。
Googleは既にこの問題を修正済みで、同社広報担当者は「この問題は修正された。我々は常にセキュリティ研究コミュニティとの協力を重視しており、この問題を報告してくれた研究者に感謝したい」と述べた。Googleは研究者に5000ドルの報奨金を支払ったが、当初は悪用される可能性を「低」と評価していたものの、後に「中」に格上げした。この発見は、一見些細な機能でも組み合わせることで重大なプライバシー侵害に繋がる可能性を示しており、大手テック企業のセキュリティ対策の重要性を改めて浮き彫りにしている。
ハリウッド大手がAI画像生成企業を「盗作の底なし沼」と提訴
DisneyとUniversalがAI画像生成企業Midjourneyを著作権侵害で提訴した。カリフォルニア州中部地区連邦地裁に提出された訴状によると、Midjourneyはダースベイダーやシュレックなどのキャラクターを無断で生成する「著作権フリーライダー」だと両社は主張している。訴訟では「Midjourneyは原告の著作物を勝手に使用し、有名キャラクターを露骨に模倣した画像を制作費をかけずに配布している」として、同社を「盗作の底なし沼」と厳しく非難した。
両社はMidjourneyがヨーダ、WALL-E、デッドプール、アイアンマン、アナと雪の女王のエルサなど数十のキャラクター画像を生成していることを示す証拠を提示した。特に問題視されているのは、Midjourneyが近く公開予定の動画生成機能で、両社は同機能が著作権キャラクターの動画を生成・配布する可能性があると警告している。訴状では「他のAI画像・動画生成サービスが特定のプロンプトを拒否するなどの著作権保護策を採用している中、Midjourneyは両社の要求を無視し続けている」と指摘した。
この訴訟はハリウッド大手による生成AIへの初の本格的法的対決となる。OpenAI、Anthropicなど他のAI企業も著作権侵害で提訴されており、業界全体で法的紛争が拡大している。AI開発企業は一般的に学習データを公開していないが、オンライン上の公開コンテンツでAIシステムを訓練することは米国著作権法の「フェアユース」原則で保護されると主張している。DisneyとUniversalは陪審員裁判と金銭的損害賠償、さらなる著作権侵害の差し止めを求めている。
(The Verge)(Fast Company)(TechCrunch)
WikipediaのAI要約導入計画、編集者コミュニティの批判で頓挫
Wikipediaが編集者の猛反発を受けてAI生成要約機能を停止した。Wikimedia Foundationは6月2日、モバイル版Wikipediaで2週間のAI要約実験を開始すると発表したが、編集者コミュニティから圧倒的な批判を受けて実験を一時停止した。編集者らは「これは読者と信頼できる情報源としての我々の評判に即座かつ不可逆的な損害を与える」と強く反対し、中には単に「不快」とコメントする編集者もいた。実験では記事の上部にAI生成要約が表示され、ユーザーがクリックして展開できる仕組みで「未検証」のラベルが付けられていた。
この「Simple Article Summaries」プロジェクトは2024年のWikimedia会議での議論から生まれた。参加した編集者らは、専門用語が多い記事要約を改善し、Wikipediaをより学習しやすくするためにAI技術が役立つ可能性があると考えていた。しかし実際の発表では編集者らから「非常に悪いアイデア」「断固反対」などの批判が殺到した。ある編集者は「人間の編集者は集団として美しいコーパスを作り上げるが、AI要約は信頼性と中立性に問題がある単一の編集者に記事の最上部でプラットフォームを与えることになる」と警告した。
Wikimedia Foundation広報担当者は「このオプトイン実験は複雑なWikipediaの記事を異なる読解レベルの人々にとってよりアクセスしやすくすることに焦点を当てていた」と説明した。同財団は今後もAI生成要約に関心を示しているが、編集者の関与なしに要約機能を導入する計画はないとしている。プロジェクトマネージャーは「生成AIをWikipediaの読書体験に導入することは重要な意味を持つ深刻な決定であり、そのように扱うつもりだ」と述べ、今後は編集者のモデレーション体制が必要だと認めた。
米中貿易協定が暫定合意、レアメタル供給再開へ
米中間の貿易協定が暫定合意に達した模様だ。トランプ大統領は6月11日、中国との間でレアメタルの供給確保や関税維持、中国人学生の米国大学受け入れ継続などを含む協定に合意したと自身が立ち上げたソーシャルメディアのTruth Socialで発表した。ただし協定はトランプ大統領と習近平国家主席の最終承認が必要としている。米国は総計55%の関税を維持し、中国は米国製品に10%の関税を課すという内容だ。
この合意は5月のジュネーブでの暫定合意を実行するための枠組みで、ロンドンでの2日間にわたる激しい交渉の末に成立した。中国はレアメタル輸出許可を6か月間の期限付きで緩和し、米国は中国向けのジェットエンジンやエタンなどの輸出規制を緩和する。両国は8月までにより包括的な貿易協定を交渉する予定だが、期限の延長も可能としている。ハワード・ラトニック商務長官は「ジュネーブ合意と両首脳の電話会談を実施する枠組みに到達した」と述べた。
しかし専門家らは今回の合意について、数か月前の状況に戻るだけで実質的な進展は限定的だと指摘している。DGA-Albright Stonebridge Groupのマイロン・ブリリアントは「我々は堂々巡りの交渉をしているようだ」と述べ、エスカレーションとデエスカレーションを繰り返すだけで根本的な解決には至っていないと分析した。世界銀行は米国の関税政策が1960年代以来最も弱い世界経済成長の10年を招く可能性があると警告している。