カタパルトスープレックスニュースレター
跳ね馬商標でフェラーリが意外な相手に敗れる/ウェス・アンダーソン監督の多層物語構造技法を詳細分析/SaaS市場で二極化進むAI企業79%上昇も従来型は苦戦/GoogleのAI Overviews機能でEU独占禁止法違反申し立て/など
跳ね馬商標でフェラーリが意外な相手に敗れる
高級スポーツカーブランドのフェラーリがマレーシアのエナジードリンクブランド「Wee Power」とのロゴ争いで予想外の敗北を喫した。Wee Powerのパッケージに描かれた跳ね上がる馬がフェラーリの象徴的な馬のロゴの商標権を侵害していると同社が主張したが、高等裁判所は異なる判断を下した。フェラーリの跳ね馬エンブレムは1923年に幸運のシンボルとして作られた歴史あるロゴで、黒と黄色の配色と共にブランドと同義になっている。一方でポルシェからムスタングまで、馬のイメージは多くのライバルブランドでも使用されている。
Wee Powerの金色の缶には、グラフィックな「W」デザインに囲まれて向かい合う2頭の赤い跳ね馬が描かれている。馬の動きの構図は多少似ているものの、デザインの詳細には明確な違いがある。フェラーリが商標権侵害を主張したにもかかわらず、高等裁判所はWee Powerの2頭の馬のデザインと独特の「W」背景を理由に、エナジードリンクブランド側に有利な判決を下した。フェラーリは所有者のSunrise-Markからの商標申請を阻止しようと試みたが失敗に終わった。
フェラーリは訴訟費用の負担を命じられたが、判決全体の見直しを求めてクアラルンプール高等裁判所に新たな訴訟を起こしている。この争いは、強力なブランドロゴを持つ企業でも、明確に異なるデザイン要素を持つ競合他社との商標争いでは必ずしも勝利できないことを示している。フェラーリの跳ね馬ロゴは確かに自動車業界で最高のロゴの一つだが、今回の件では「馬力」が足りなかったようだ。
ウェス・アンダーソン監督の多層物語構造技法を詳細分析
映画監督ウェス・アンダーソンの作品における「物語の中の物語」手法の分析が行われた。アンダーソンの独特な視覚スタイルはよく語られるが、近年の作品ではストーリーテリングの本質への探求が制作の原動力となっている。特にフレーム・ナラティブ手法を多用しており、これはフランス語で「深淵に置く」を意味する「Mise-En-Abyme」という技法だ。『グランド・ブダペス・ホテル』から『アステロイド・シティ』まで、アンダーソンは複数の物語層を重ねることで自己言及的な作品を作り続けている。
この手法により、アンダーソンは極度に様式化された美学を正当化している。『ロイヤル・テネンバウムズ』が本として提示されながらもリアリティに近かったのに対し、『ワンダフル・ストーリー・オブ・ヘンリー・シュガー』は4層の物語構造を持ち、最も様式化された作品となった。アンダーソンは「マジックトリックのように、目の前で起こっているように見えるが実際は違うものでも、独自の方法で現実になりうる」と語っており、この論理が彼の映画制作に適用されている。物語の人工性を強調することで現実離れした世界を構築しながらも、観客に真実の感情を呼び起こすのがストーリーテリングの力だと示している。
フレーム・ナラティブは視覚的実験も可能にする。『アステロイド・シティ』では各物語層に異なる視覚スタイルを適用し、『フレンチ・ディスパッチ』では語り手のキャラクターに応じた見た目を設定した。さらに物語的機能として、ステファン・ツヴァイクの手法を学び、聞き手を引き込む雰囲気作りやファンタジー要素の自然な導入を実現している。ナレーションも物語の一部として機能し、第四の壁を破る瞬間も違和感なく演出できる。テーマ的にはアンダーソン自身がストーリーテラーとして、創作プロセスの探求と芸術家としての自己検証を行っている。
SaaS市場で二極化進むAI企業79%上昇も従来型は苦戦
2025年前半のSaaS企業株式市場で明確な二極化が進んだ。AI技術で差別化を図った企業は70%以上の上昇を記録した一方、従来型の企業ソフトウェアは一桁台の成長もしくはマイナス成長に留まった。S&P500が5-6%の上昇だった中、SaaS企業のパフォーマンスは最高79%から最低マイナス43%まで95ポイント以上の開きを見せた。市場を牽引したのは明確なAI価値提案を持つPalantir(+78.69%)やSnowflake(+40.62%)、サイバーセキュリティ企業のZscaler(+73.27%)、CrowdStrike(+48.01%)、業界特化型プラットフォームのVeeva Systems(+35%)、Guidewire(+37%)だった。
特にPalantirは6月26日に148.22ドルの史上最高値を記録し、第1四半期売上が8億8400万ドル(約1326億円)で39%成長を達成した。同社の人工知能プラットフォームAIPが企業で導入拡大し、米国商用売上は71%急増している。政府・防衛分野での強固な基盤と世界的な地政学的緊張の高まりが追い風となり、データ主導の意思決定で不可欠な存在となった。Snowflakeは2025年第1四半期に初めて売上10億ドル(約1500億円)の節目を突破し、AI製品Cortex AIの週間利用アカウントが2500を超えるなど、企業のAI・データ活用基盤として確固たる地位を築いている。
一方で苦戦したのは従来型のワークフロー・CRMプラットフォームで、ServiceNowは+1%、Salesforceは-19%と大幅に市場に遅れを取った。Zoomも-3.68%でパンデミック後の正常化が続いている。市場は2025年において、ミッションクリティカルなポジション(セキュリティ・データ)、明確なAI差別化、または深い業界特化が成功の条件となり、汎用的な水平展開ツールや従来型企業ソフトウェアは堅実な業績にもかかわらず投資家の信頼獲得に苦戦した。
(The Secrets To Scaling in The Age of AI)
GoogleのAI Overviews機能でEU独占禁止法違反申し立て
独立系出版社グループがGoogleのAI Overviews機能に対してEU独占禁止法違反の申し立てを行った。Independent Publishers Allianceが6月30日付でヨーロッパ委員会に提出した文書によると、Googleが検索市場での支配力を悪用して出版社コンテンツを無断でAI要約生成に利用し、深刻な被害を与えていると主張している。AI Overviewsは100カ国以上でGoogle検索結果の上部にAI生成要約を表示する機能で、昨年5月から広告も掲載されている。申し立てでは出版社が自社コンテンツの利用をオプトアウトする選択肢がなく、トラフィック、読者数、収益の大幅な損失を被っていると訴えている。
申し立て団体には英国の非営利団体Foxglove Legal Community Interest Companyや、デジタル広告業者・出版社で構成されるMovement for an Open Webも参加している。Foxgloveの共同エグゼクティブディレクター、ローザ・カーリングは「独立系ニュースは存亡の危機に直面している。GoogleのAI Overviewsが脅威だ」と述べ、独立系ジャーナリズムがオプトアウトできるよう規制当局に行動を求めている。グループは競争への深刻で修復不可能な損害を防ぐため、暫定措置も要請している。
これに対してGoogleは「検索の新しいAI機能により、ユーザーがより多くの質問をできるようになり、コンテンツやビジネスが発見される新たな機会が生まれる」と反論している。同社は毎日数十億のクリックをウェブサイトに送っており、検索トラフィックの変動は季節的需要やユーザーの関心、定期的なアルゴリズム更新など様々な要因によるものだと説明している。英国競争市場庁も同様の申し立てを受理しており、米国でも教育技術企業がGoogleのAI Overviewsがオリジナルコンテンツへの需要を削減していると類似の訴訟を起こしている。
(Reuters)
通常の4倍料金でもAIエージェント導入企業が相次ぐ理由
AI業界で「エージェント」という用語が急速に普及している。AIエージェントとは人間の継続的な監視なしに多段階のタスクを処理する人工知能を指し、基本的なChatGPTを超える機能を持つ。現在市場には6つのタイプのAIエージェントが存在する。「アナリティクスエージェント」はPower BI CopilotやTellius、ThoughtSpotなどが提供し、構造化データを分析してグラフィックやレポートを作成する。「ビジネスタスクエージェント」はUiPath、Microsoft Power Automate、Zapierなどが開発し、複数の企業ソフトで請求書処理や文書分類、スケジューリングを自動化する。「会話エージェント」はGoogle Dialogflow、Microsoft Dynamics 365、Salesforce Agentforceなどが提供し、カスタマーサポートやIT・人事業務を担当している。
「開発者エージェント」はCursor、GitHub Copilot、Cognition's Devin、Clineなどが代表的で、コード補完や文書作成、デバッグ、リファクタリングといった複雑なコーディング作業を支援する。「ドメイン固有エージェント」は法律分野のHarvey、医療分野のHippocratic AI、金融分野のVic.aiやHebbiaなど高度な専門知識を要する分野に特化しており、契約分析や医療トリアージ、財務分析を担当する。「研究エージェント」はOpenAI Deep Research、Perplexity Pro、Scite Assistantなどが提供し、学術文献やウェブコンテンツから情報を検索・分析して引用元の確認や技術的な質問への回答を行う。
企業向けAIエージェントは大幅な料金プレミアムが設定されており、OpenAIのCodexコーディングエージェントは100万トークンあたり6ドル(約900円)と通常モデルの4倍、MicrosoftのGitHub Copilotも月額40ドル(約6000円)と基本版の4倍となっている。OpenAIはエージェント事業の売上が今年の30億ドル(約4500億円)から2029年には290億ドル(約4兆3500億円)まで拡大すると予測している。オンライン自動車販売のCarvanaやオンラインマーケットプレイスのGumroadは月数千ドルをAIエージェントに投資し、年間数十万ドルのコスト削減を実現している。
ユニリーバがAIを活用したインフルエンサーマーケティング戦略加速
ユニリーバがインフルエンサーとの連携を今後1年で10-20倍に拡大する計画を発表した。同社の最高企業技術責任者スティーブ・マクリスタルは、消費者の約半数が月1回以上インフルエンサーコンテンツによって商品を購入しているとして、ヴァセリンやトレセメ、ダヴなどの日用品でもソーシャルメディアでのバイラル化を目指すと述べた。ユニリーバは2月にCEOを交代させて成長戦略を加速しており、アナリストや投資家からの成長鈍化への批判に対応している。
この戦略の核となるのがAI技術の活用だ。ユニリーバはNVIDIAのOmniverseプラットフォームを使用して全製品のデジタルツインを作成し、2023年に開始したAIコンテンツ生成プラットフォーム「Gen AI Content Studios」と組み合わせることで、従来の月数回から週数千のビジュアル素材を生成できるようになった。これらの素材はインフルエンサーがInstagramやTikTokで使用するために配布されている。
実際の成功例として、ダヴとCrumbl Cookieブランドとのコラボレーションでは、クッキーの香りを取り入れた限定石鹸・スクラブ・デオドラント製品を展開した。購買者の52%が新規顧客で、35億回以上のソーシャル露出を記録した。同社は100以上のインフルエンサーコンテンツをAIで異なるサイズや形式にリミックスし、各ソーシャルプラットフォームの異なる視聴者層に合わせて配信することで成功を収めた。
米国でAI面接官急拡大も求職者から賛否両論
米国で就職面接にAI面接官が登場し、求職者に衝撃を与えている。サンアントニオのマーケティング専門家ジェニファー・ダン(54)は先月、副社長職の面接で「アレックス」という名のAI面接官と20分間対話した。アレックスは友好的な口調で質問を続けたが、求職者からの質問にはほとんど答えられず、ダンは「空虚な感じがした」と語り、面接を途中で切り上げた。このようなAI面接官は「agentic AI」と呼ばれる技術の一部で、リアルタイムで会話を生成し応答を構築する自律的なAIエージェントだ。
Ribbon AI、Talently、Aprioraなどのスタートアップ企業がAI面接官の開発を進めており、雇用主がより多くの候補者と面談し、人事担当者の負担を軽減することを目的としている。カナダのPropel Impactは今年1月からRibbon AIの面接官を導入し、昨年の150人から500人へと面接者数を大幅に増加させた。AI面接は企業の効率化とスケール拡大のニーズに応えているが、ZipRecruiterの専門家は最終的な採用判断には人間が必要だと指摘している。
求職者の反応は分かれている。コンピューターサイエンス専攻のチャールズ・ホイットリー(22)は「非人間的」だと感じ、AIが人間らしく見せるために「えーと」「あー」を付け加える様子を「ホラー映画のようだった」と表現した。一方、カルガリーの大学生ジェームス・グー(21)は「自分に興味を持ってくれているように感じた」とAI面接を評価し、実際に職を得ている。コロラド州のエミリー・ロバートソン・イェイングスト(57)は1時間近いAI面接の後に連絡が途絶え、「実験台にされたのか」と疑問を抱いている。