カタパルトスープレックスニュースレター
DeepSeekを生み出した天才リャン・ウェンフォン/米国土安全保障省CISA長官、退任前に語るサイバーセキュリティの未来/英国企業200社が週4日制に署名/AIがもたらす「アテンション・エコノミー(注目経済)」のその先など
DeepSeekを生み出した天才リャン・ウェンフォン(梁文峰)
中国のAI業界に新たな革命を起こした人物として、DeepSeek社のCEOリャン・ウェンフォン(梁文峰)が世界の注目を集めている。1985年生まれのリャンは、中国南部の港湾都市湛江で生まれ育ち、浙江大学で学んだ数学の天才だ。
彼は最初、ヘッジファンドの分野で頭角を現した。2013年にJacobi社を設立し、2015年には大学時代の友人2人と共にHigh-Flyerを立ち上げた。High-Flyerは現在約80億ドルを運用する中国最大級のクオンツファンドに成長し、過去5年間で市場平均を20%以上上回るパフォーマンスを達成している。
リャンは数学者で量的投資の先駆者であるジム・サイモンズから多大な影響を受けており、中国語版「The Man Who Solved the Market(市場を解き明かした男)」の序文も執筆した。High-Flyerでは、AIを活用した株式分析アルゴリズムの開発に注力し、市場価格だけでなく多様なデータを分析する手法を確立した。
書評|金融市場の謎をアルゴリズムで解いた男|"The Man Who Solved the Market" by Gregory Zuckerman
2019年、リャンのチームはNVIDIAのGPUを用いたコンピューティングシステムの構築を開始。ChatGPTが登場した2022年末時点で、中国でNVIDIAの高性能チップを1万個以上所有していた数少ない企業の一つとなっていた。
DeepSeekのAIモデルは、米国より劣るチップ環境にもかかわらず、性能と人気の両面で世界トップ10に入る成果を上げている。リャンはDeepSeekのコードをオープンソース化する決断を下し、大手テクノロジー企業の独占を打破する姿勢を示した。
同僚によると、リャンは典型的な中国のエンジニア像を体現する人物で、ファッションやヘアスタイルにはこだわらず、数式や計算に基づいて意思決定を行い、サッカーを愛好する。DeepSeekの急激な注目の高まりに驚きを隠せないものの、旧正月休暇後には次世代モデルの開発に取り組む予定だという。
このDeepSeekの躍進は、シリコンバレーの技術者、ワシントンの政治家、そして世界中の投資家に衝撃を与えている。中国のAI開発力を示す象徴的な出来事として、世界中で注目を集めている。
DeepSeekは本当に中国にデータを送っているのか?
中国のAIスタートアップDeepSeekが先週公開した新モデル「DeepSeek-R1」をめぐり、個人情報の扱いに関する懸念が広がっている。同モデルは少ない計算リソースでOpenAIのモデルと同等の性能を実現し、技術的な評価を集める一方で、ユーザーデータが中国に送信される可能性が指摘された。
この懸念はDeepSeekのプライバシーポリシーに端を発した。同社のチャットサービスやアプリを利用する際、アカウント情報や入力内容、チャット履歴などが中国のサーバーに保存され、中国政府の要請に応じて提供される可能性があると明記されている。実際にiOSアプリはChatGPTを上回る人気を獲得し、Androidアプリも100万回以上ダウンロードされている。
ただしこれは同社独自のサービスを利用した場合に限られる。DeepSeek-R1はオープンソースで公開されており、ユーザーが自分のマシンでローカルに実行したり、米国のGPUクラスターでホストしたりする場合、データが中国に送信されることはない。また検索エンジンのPerplexityは米国・欧州のデータセンターでR1を提供しており、安全な利用が可能だ。つまりDeepSeekのサービスを使わず、適切にホストされたR1を使う限り、データのプライバシーは確保される。
米国土安全保障省CISA長官、退任前に語るサイバーセキュリティの未来
米国土安全保障省の外局機関CISAのジェン・イースタリー長官が退任を前に、Wiredのインタビューで未来について語った。特に懸念されるのは、中国のサイバー攻撃が従来のスパイ活動から、米国の重要インフラを狙った破壊工作へと性質を変化させている点だ。台湾有事の際には、パイプライン、水道、通信網、鉄道、電力などの重要インフラが標的となり、米国社会に深刻な混乱をもたらす可能性がある。これは中国が「社会的パニック」を引き起こし、米国の軍事力と市民の意志を削ぐことを目的とした計画的な戦略の一環だ。
イースタリー長官は約3年半の任期中、CISAを米国のサイバー防衛機関として大きく成長させた。予算は約30億ドルに拡大し、職員数も3400人規模となった。特筆すべきは2100人以上の新規採用を実現したことだ。民間企業ではより高い報酬を得られる人材が、使命感を持って政府機関を選んでいる。
長官が重点的に取り組んだのは、官民連携の強化だ。重要インフラの大部分を所有する民間企業に対し、サイバーセキュリティをITの問題としてではなく、経営上の重要リスクとして認識させることに成功した。CISAは2021年8月に設立した「共同サイバー防衛協働体」を通じて、電力、通信、航空、運輸などの重要インフラ部門と緊密に連携し、脅威情報の共有や対策の実施を進めている。
中国のハッカー集団「Volt Typhoon」や「Salt Typhoon」への対応では、CISAの技術チームが重要な役割を果たした。特にSalt Typhoonの発見は、法執行機関による仮想プライベートサーバーの特定につながり、より広範な攻撃キャンペーンの解明に寄与した。
しかし、通信インフラからの中国ハッカーの排除は容易ではない。その理由は、多くのシステムが効率性やコスト削減を重視して設計され、セキュリティが後付けとされてきた歴史的経緯にある。そこで長官は、セキュリティを設計段階から組み込む「Secure by Design」の考え方を推進。現在260社以上のテクノロジー企業が、多要素認証の実装やデフォルトパスワードの削減、メモリ安全性の向上などに取り組むことを約束している。
イースタリー長官は、人工知能の活用に大きな期待を寄せる。例えば、ソフトウェアの脆弱性の約3分分の2を占めるメモリ安全性の問題に対し、AIを活用してコードをRustなどの安全な言語に移行することで、大幅な改善が期待できる。
また長官は、フィールドフォースの構築にも力を入れた。各州にサイバーセキュリティアドバイザーや物理セキュリティアドバイザーを配置し、地域に根ざした信頼関係の構築を進めている。「人々は制度を信頼するのではなく、人を信頼する」という考えに基づく取り組みだ。
さらに、選挙インフラのセキュリティ強化でも成果を上げた。2017年に選挙インフラが重要インフラに指定された当初、州政府は連邦政府の関与に強く反発していた。しかし、地道な信頼関係の構築により、現在では保守的な共和党の州務長官たちとも良好な協力関係を築いている。
イースタリー長官は、完璧なサイバーセキュリティの実現は不可能だと認識しつつも、より安全で防御可能な技術エコシステムの構築を目指すべきだと強調する。ランサムウェア攻撃が稀な異常事態となり、国家によるソフトウェアの脆弱性攻撃が航空機事故並みの頻度にまで減少する未来を描く。それは、私たち一人一人の生活を支えるテクノロジーが、まず何よりも安全であることを意味する。
CISAは規制当局でも軍事機関でもない。インテリジェンスの収集も法執行も行わない。しかし、無償のサービスと能力を提供し、信頼されるパートナーシップを通じて、重要インフラの運営者がリスクを管理・低減できるよう支援している。イースタリー長官は、サイバーセキュリティは政治的・党派的な問題ではなく、国家安全保障の問題だと訴え、CISAの成功はすなわち米国民の成功であると強調している。
英国企業200社が週4日制勤務に署名
英国で週4日勤務制が急速に広がっている。昨日発表された4 Day Week Foundationの最新調査によると、現在200社が正社員の給与を据え置いたまま週4日勤務制を恒久的に導入し、その恩恵を受ける労働者は5000人を超えた。
導入企業の内訳を見ると、マーケティングや広告業界が30社と最多で、次いでNGOや福祉関連が29社、IT・ソフトウェア業界が24社となっている。地域別では、ロンドンに本社を置く企業が59社と突出して多い。
財団のジョー・ライル運動責任者は、「100年前に確立された週5日・9-5の労働形態は、もはや時代遅れだ」と指摘。4日勤務制により労働者は50%の自由時間を得られ、より幸せで充実した生活を送れると主張している。
一方で、コロナ禍以降の働き方を巡る対立も深まっている。JPモルガン・チェースやアマゾンなど米系企業の多くは週5日のオフィス勤務を義務付け、英ロイズ銀行も幹部社員の昇給査定に出社日数を反映させる方針だ。
若年層の意識調査では、18-34歳の78%が「5年以内に4日勤務制が一般的になる」と予測。65%が「フルタイムのオフィス勤務には戻りたくない」と回答した。世代間の価値観の違いが鮮明になっている。
労働党のレイナー副首相らは4日勤務制を支持しているが、保守党からの批判を警戒し、政権獲得後も具体的な政策には踏み込んでいない。
AIがもたらす「アテンション・エコノミー(注目経済)」のその先
AIが「アテンション・エコノミー」をさらにひどくする可能性について。英ケンブリッジ大学の研究チームが発表した最新の研究によると、現在のAIチャットボットは私たちの行動予測を可能にし、その情報が取引される時代が到来すると警告を発した。
現在のインターネット社会では、ソーシャルメディアやニュースサイトが私たちの「注目」を集めて広告収入を得る「アテンション・エコノミー(注目経済)」が主流だ。しかし、AIチャットボットの進化により、私たちの将来の行動や意図を予測し、その情報を企業や政府機関に売買する市場が形成される。
特に懸念されるのは、AIチャットボットとの対話を通じて収集された個人の思考パターンや行動傾向が、広告主や政府機関によって監視や操作に利用される可能性だ。例えば、寂しさを感じる若者向けのAIコンパニオンを通じて、個人の将来的な行動を予測し、望ましくない行動を事前に抑制することも技術的に可能となる。
研究チームは、この新しい経済システムが民主主義や選挙の公平性、報道の自由などの基本的価値観を脅かす可能性があると指摘。私たちの意図や行動がAIによって予測され、商品化される時代の到来に警鐘を鳴らしている。
OpenAIのo1モデルが中国語で推論する傾向にある理由
OpenAIの新しい言語モデル「o1」は英語での入力に対して、内部処理の段階で自発的に中国語を使用して「思考」を行う傾向がある。
このような現象が起きる理由として、訓練データに含まれる大量の中国語文献の存在が指摘されている。特に、中国語で書かれた6000万件以上の科学論文がオンラインで無料公開されており、モデルの学習に大きな影響を与えたと考えられる。
興味深いことに、o1は科学的な問題を解決する際に中国語での思考を好む一方で、文学や詩的なテーマを扱う際にはフランス語に切り替えることもある。これは言語モデルが自然に獲得した「創発的特性」の一例だ。
このような予期せぬ特性の発見は、大規模言語モデルの進化を示している。以前ChatGPTが独自にPythonプログラミングを習得したように、AIは訓練データから想定外の能力を身につける可能性がある。o1の多言語での思考プロセスは、AIの新たな可能性を示唆している。
GoogleがPebble OSをオープンソース化、Pebbleスマートウォッチ復活の予感
Googleが長年眠っていたスマートウォッチ「Pebble」のソフトウェアをオープンソース化した。これにより、2016年に倒産して以来途絶えていた人気スマートウォッチが復活する可能性が出てきた。
Pebbleの創業者エリック・ミギコフスキーは、新会社を立ち上げて本格的な製品開発に乗り出すことを表明した。新製品は長時間バッテリー、電子ペーパーディスプレイ、シンプルな操作性など、かつてのPebbleの特徴を引き継ぐ。「他のスマートウォッチを全て試したが、自分の求める機能を満たすものは何一つなかった」とミギコフスキーは語る。
新会社の名称はまだ決まっていないが、当面は「RePebble」として活動を開始する。グーグルは商標権を保持しているため、「Pebble」の名称は使用できない。年内に新製品の出荷を目指すという。
オープンソース化により、世界中の開発者がPebbleのソフトウェアを活用できるようになった。すでにRebbleというコミュニティが独自にアプリ開発を続けており、Redditでも活発な議論が行われている。ミギコフスキーは「われわれも開発したものは全てオープンソースにする。多くの人々が新しいものを作ってくれることを期待している」と述べた。
新会社は当初はスマートウォッチに注力するが、将来的には他のガジェット開発も視野に入れている。2025年の今、巨大テック企業が主導するスマートウォッチ市場に、独自路線で挑戦を始めた。
(The Verge)(TechCrunch)
Googleとゴタゴタが続くCharacter.AIの複雑な関係
昨年8月、GoogleはCharacter.AIの技術ライセンス料として27億ドルを支払った。この巨額取引の背景には、Character.AIが抱える深刻な問題があった。同社のAIチャットボットは、特に若年層に人気を集めているが、不適切なコンテンツへの露出や精神衛生上の懸念が指摘されている。実際、10代の自殺に関与したとする訴訟も起こされた。
こうした状況を重く見たGoogleは、昨年初めにCharacter.AIに対し、安全性の問題を理由にGoogle Playストアからアプリを削除する可能性を警告。Character.AIは急遽、より厳格なコンテンツフィルターを導入した。しかし、ユーザーの中には依然として不適切な使用を試みる者が後を絶たない。
さらに興味深いのは、Character.AIの共同創業者であるNoam ShazeerとDaniel De Freitasの動向だ。二人は以前Googleを退社して起業したが、今回の取引で再びGoogleに戻ることになった。特にShazeerは、GoogleのAI開発の最重要プロジェクトであるGeminiの共同技術リーダーに就任。この人事は、GoogleのAI戦略に大きな影響を与えると見られている。
業界では、AIの普及に伴う安全性の問題が一層重要になると指摘する声が高まっている。特に未成年者の保護については、テクノロジー企業各社が対策に追われる状況が続くことが予想される。