カタパルトスープレックスニュースレター
テックブロ達の新たな戦場──格闘技で証明する「男らしさ」/なぜ現代の男たちは迷走するのか/世界経済フォーラム、ダボス会議の創設者クラウス・シュワブの失墜/「私たちの作品を勝手に使うな」──マッカートニーらがAI著作権透明化を英政府に要求/など
テックブロ達の新たな戦場──格闘技で証明する「男らしさ」
ETHDenverの仮想資産カンファレンスで、VCのアンドリュー・ベイティがYouTube中継付きの格闘試合に出場した。このようなイベントはKarate Combatが提供するInfluencer Fight Clubの一環であり、ベイティのような富裕なスタートアップ創業者が、自らの肉体と意志を証明する場となっている。Metaのマーク・ザッカーバーグを筆頭に、近年のテック業界では武道や総合格闘技に傾倒する動きが広がっており、そこには過剰な男らしさの演出と承認欲求が交錯している。
この現象は単なる流行ではなく、文化的・政治的な意味合いを含む自己演出だ。仮想資産企業の創業者たちは、SNSと動画配信を通じて格闘家としての自分を演出し、信奉者を獲得している。Karate Combatは仮想通貨Karateトークンを発行し、投資家や視聴者はファイトの結果に賭けることも可能。ニック・カーターなどの著名な仮想資産投資家も試合に参加し、勝利の後には「タングステン・ダディ」の異名を得て称賛されている。
今回ベイティと戦ったチョーンシー・セント・ジョンは、かつてLuna関連のプロジェクトで失敗した経験を持つが、格闘技を通じて再出発を図った。敗れはしたものの、観衆の前で最後まで立ち向かったことで一定の評価を得た。仮想資産業界の一部では、リングでの試合が新たな自己再定義の手段になっており、スタートアップの実績だけでなく、肉体を通じた証明が評価される時代に突入しつつある。
なぜ現代の男たちは迷走するのか――セラピスト、テリー・リアルの視点
テリー・リアルは四十年以上にわたり男性の問題と向き合ってきた家族セラピストである。彼が見てきたのは、男らしさをめぐる文化的な規範が、男性を感情の抑圧や孤立へと追い込んでいるという実態だ。男性は脆さや感情を見せてはいけないと教えられ、それがうつや怒り、依存、家庭内トラブルとして現れる。リアルはこうした背景に、未処理のトラウマとそれに蓋をするための過剰な自尊感情があると指摘する。
彼の「リレーショナル・ライフ・セラピー」は、従来の中立的なカウンセリングとは異なり、男性に対して率直に問題を突きつける。相手の行動を見逃さず、優しさと厳しさをもって感情に向き合わせることで、男性が自分自身を見直す機会をつくる。リアル自身、父との確執と和解を経てこの手法を確立した。彼は、伝統的な父権的モデルに対し、責任と関係性に根ざした成熟した男性像を提案している。
現在の文化では、支配的で攻撃的な男らしさが一部で持ち上げられているが、リアルはそれを一時的な後退現象とみなす。大切なのは、男性が家庭や社会の中で役割を果たす力を再習得することだと語る。彼は、短期的な快楽よりも、関係性の中にある深い喜びに目を向けることが、真の満足と次世代へのよい遺産につながると強調する。
世界経済フォーラム、ダボス会議の創設者クラウス・シュワブの失墜
世界経済フォーラム(WEF)の創設者クラウス・シュワブが組織内での権力を喪失した。2024年に報じられた職場環境の問題に続き、新たな内部告発が浮上し、監査委員会が独立調査を決定した。これに対しシュワブは、委員会に対して訴訟を示唆する脅迫的なメールを送付したが、かえって反発を招き、彼の即時辞任につながった。組織はスイス当局の支持を得て調査を開始し、関係資料の保存とシュワブとの接触禁止を命じた。
WEFは年間約5億ドルを稼ぎ、世界の政財界・メディアの重要人物が集うダボス会議を運営してきたが、シュワブとその家族による私的利用や内部統制の甘さが指摘された。息子オリヴィエ・シュワブはセクハラ問題の対応で調査対象となり、結果的に退職した。娘もすでに組織を去っており、シュワブの家族支配は限界を迎えた。フォーラムは米国とスイスの法律事務所を起用し、ガバナンス改革に動いた。
さらに新たな内部告発では、シュワブ夫妻が個人的利益のためにフォーラムの資源を使ったとされ、ジュネーブ近郊の豪邸ヴィラ・ムンディの改修やノーベル平和賞推薦活動が問題視された。これに対しシュワブ側は全ての疑惑を否定しているが、理事会は証拠保全の必要性を強く意識し、緊急会議を開いて対応を協議した。会議では一部理事がシュワブを擁護したが、最終的には全会一致で再調査を決定した。
フォーラムの規約では創設者が後継者を指名できるとされていたが、内部の求心力はすでに失われていた。辞任表明の直後、シュワブは自らの功績を並べ立てる一方、匿名の告発者に対する刑事告訴をスイスで起こした。だが組織は明確に路線変更に動いており、グローバルな信頼の維持を優先する姿勢を示した。長年にわたって象徴的存在だったシュワブの退場は、WEFにとって体制転換の始まりである。
「私たちの作品を勝手に使うな」──マッカートニーらがAI著作権透明化を英政府に要求
ポール・マッカートニーやデュア・リパ、イアン・マッケラン、エルトン・ジョンら400人以上の英国クリエイターが、AI企業に著作物の使用実態の開示を義務づける法改正を求めて連名の公開書簡を発表した。対象となるのは、英政府が進めるデータ活用法案への修正案で、AI企業が著作権保有者に対して、学習に使用した作品を明示することを求める内容。法案はすでに上院で可決され、下院での再審議に進む見通しだが、政府はこの修正に難色を示している。
書簡では、「英国の創作物が海外の巨大テック企業に無償で利用されれば、未来の収益、文化的主導権、そして法の尊重という価値までもが失われる」と警鐘を鳴らしている。政府案の「オプトアウト方式」では、著作権者が自らの作品の不使用を明示しなければAIによる無断使用が可能になる設計で、若手クリエイターや小規模権利者にとって現実的ではないとの批判が強い。音楽プロデューサーのジャイルズ・マーティンも「若き日のマッカートニーは盗用の心配よりも録音に集中していたはず」と制度の非現実性を指摘した。
修正案を主導したキドロン上院議員は、透明性の確保が将来の創作者にとっての最低限の防衛策だと訴える。賛同者らは「創作物を勝手に使わせるな。私たちの作品は政府の裁量で手放すものではない」と強調し、全会派に修正案の支持を呼びかけた。生成AIの学習元として無数のネット上著作物が使われている現状において、著作権とAIの関係は英国だけでなく、世界の創作環境全体に影響する重要課題となっている。
AIの健全な活用に向けて──SNSの二の舞にしない
SNSの失敗を教訓に、生成AIの時代ではその誤ちを繰り返さないための責任ある活用が求められている。SNSは中毒性、誹謗中傷、分断など多くの問題を引き起こし、Z世代の半数が「存在しなければよかった」とすら回答した。AIもまた善悪を増幅する道具であり、使い方次第で社会を救うことも壊すこともできる。OpenAIやGoogleは「モデル文脈プロトコル」の導入など、業界全体でのガバナンス改善を試みているが、危険性の管理にはさらなる枠組みが必要である。
AIの健全な活用に向けた手段として、政府による規制、社会的対話、第三者による評価の三つが挙げられる。EUのAI法はリスクに応じた禁止措置を進めているが、過剰規制は技術流出や政治的反発を招く恐れもある。教育現場ではAIを思考のパートナーとして使うアプローチも模索されており、社会全体での合意形成が不可欠となっている。公正で持続可能な技術運用のためには、国民一人ひとりがAIの倫理やリスクを理解する必要がある。
AIの第三者認証制度の整備も重要である。2008年の金融危機における信用格付け機関の失敗を繰り返さないために、開発者倫理を含む「普遍的原則」に基づく評価軸が求められている。顔認識や異常検知といったAIの種類に応じた精緻な基準設定と、消費者側の理解・要求が制度の信頼性を支える。政府任せではなく、多様な利害関係者による複眼的な協働体制こそが、AIを本当に「良き力」とする道である。
グロースハッカーからマーケティング・イノベーションへの転換期
グロースハッカーは時代遅れとなり、代わりにマーケティング・イノベーション職が台頭している。LinkedInやCitiなどの大手企業がこの新たな役職を年収1500万〜3500万円で募集しており、求められるのはAIを業務に応用できる実践的スキル、エンジニアと連携できる技術的素養、創造的な仮説検証を実行する能力の三つである。単なるAIの知識ではなく、現実の課題を特定し、適切なツールで自動化し、その手法をチームに展開できる人物が実務的AIリーダーとして重宝されている。
企業がこの職種を求める背景には、AIに取り残されることへの経営陣の焦燥がある。マーケティング・イノベーション職は、その不安を解消する役割を担う。AIツールの選定・導入から、CRMやAdTech、SQLを使ったデータ処理、エンジニアとの共創まで、技術とビジネスの橋渡しができる人物が求められている。また、実験志向も重要であり、ゲリラキャンペーンの発案やゼロからの成長戦略構築といったスタートアップ思考が期待されている。
この職に就くための準備として、プロンプト共有ライブラリの構築、部内の業務自動化、エンジニアとの対話、Slack上での横断的アイデア共有、月1回のマーケティング実験の実施が紹介されている。特別な肩書きや承認は不要で、どの立場でも実践可能である。三つのスキルすべてを備えた人材は非常に少なく、企業はこうした人材を獲得するために競い合っている。AI時代のマーケターは、AIと技術、創造性の三領域をつなぐ架け橋として価値を持つ。
TSMCはAI時代の最強製造業者──割安株として再評価すべき理由
TSMCはAI市場の根幹を支える半導体製造業者として、依然として高い成長力を示している。2025年4月の売上は前年同月比48%増の約110億ドルに達し、今後5年間も毎年約20%の成長を見込んでいる。NvidiaやGoogle、Amazonなど主要AI企業の半導体を製造することで、市場の中心的な地位を維持しており、地政学リスクや関税による影響は限定的と見られている。
現在のTSMCの株価は、予想PER15.7倍と過去5年平均(19倍)を大きく下回っており、AI関連銘柄としては割安な水準にある。Nvidiaが約30倍のPERで取引されているのに対し、TSMCは利益率こそ劣るが、技術力と供給網の安定性を背景に中長期の優位性が際立っている。AI市場全体が拡大する中で、Nvidiaの競合が台頭しても、製造を担うTSMCは確実に需要を獲得できる立場にある。
最大のリスクは中国による台湾侵攻だが、TSMCはそれに備えてアリゾナ・日本・欧州で生産拠点の分散を進めている。先進チップの3割をアメリカで製造する計画を持ち、労働コスト上昇を価格転嫁で吸収する戦略も明確だ。世界のAI需要に支えられた成長力、分散されたリスク対応、そして過小評価された株価。TSMCは、AI時代の中核にふさわしい長期投資先といえる。
共和党、AI規制を10年間禁止へ――予算調整法案に密かに条項を挿入
アメリカ下院の共和党は、メディケイドの支給削減や医療費負担増といった社会保障の改悪を含む予算調整法案に、人工知能(AI)に関する州の規制を10年間全面的に禁止する条項を密かに追加した。提案者は下院エネルギー・商業委員会委員長のブレット・ガスリー議員で、州や地方自治体がAIモデルや自動意思決定システムを規制することを禁じる文言が盛り込まれている。
この条項は定義が曖昧かつ広範であり、生成系AIにとどまらず、既存の自動化技術やアルゴリズム全般にまで適用される恐れがある。その結果、カリフォルニア州の医療AI開示義務法、ニューヨーク州のAI雇用バイアス監査法、そして2026年に施行予定の学習データ開示義務など、重要な州レベルのAI規制が事実上無効になる可能性がある。
AI業界はドナルド・トランプ政権と密接な関係を築いており、イーロン・マスク、デヴィッド・サックス、マーク・アンドリーセンらが影響力を行使している。トランプはバイデン政権下でのAIリスク対策を撤廃し、今回の州規制排除は共和党におけるAI政策で最も過激な動きとなった。住民保護や透明性確保を目指す各州の努力を封じ込めるこの措置は、民主主義の根幹を揺るがす重大な試みである。