カタパルトスープレックスニュースレター
さよならの、その先で。AIに託した家族の愛と記憶/Linuxの父が断言「AIは90%が宣伝だ」/すべては思ったより時間がかかる/プロの撮影監督が手放せない5つの必須アプリ/最高のブランドを捨てた6.8兆円の代償/AIにデザイナーの「センス」を教える方法/など
さよならの、その先で。AIに託した家族の愛と記憶
83歳のピーター・リストロは、がんで余命が長くないと告げられた。息子のマットは、父親を失うという事実に大きなショックを受け、悲しみを少しでも和らげようと考えた。そこで彼は、父親が亡くなった後でも会話ができるように、AI技術で本人そっくりに応対する映像(アバター)を作ることを提案した。これは残された人の悲しみを癒やすための新しい技術の一つであり、ピーターは妻のジョアンと息子のマットのために、この計画に協力することにした。
アバターを作るため、専門の会社であるStoryFileのスタッフがピーターの自宅を訪れた。そして、5時間かけて彼の姿を撮影しながらインタビューを行った。ピーターは、マットがあらかじめ用意した「子供の頃の思い出」や「まだ見ぬ孫へのメッセージ」といった様々な質問に、時には涙を流しながらも真剣に答えた。この撮影は、ピーター自身にとっても、自分の人生を振り返り、家族へ大切な言葉を伝える良い機会となったのだ。
完成したアバターとマットが実際に会話してみると、父親のリアルな姿に心を動かされた。しかし、あらかじめ録画されていない質問をすると、決まった返事が返ってくるだけであった。その事実は、もう二度と新しい会話はできないという現実を突きつけ、彼を悲しくさせた。それでもマットは、父親が亡くなっても、これが最後の会話にはならないと知っていることで、心の打撃が少し和らぐと感じている。
Linuxの父が断言「AIは90%が宣伝だ」
Linuxの開発者として世界的に有名なリーナス・トーバルズは、現在のAI業界を「90%がマーケティングで、10%が現実だ」と痛烈に批判した。彼はAI技術の将来的な可能性は認めつつも、実態の伴わない過剰な宣伝合戦にはうんざりしており、意図的に無視していると語る。これは、過去のドットコムバブルなど、テクノロジーの熱狂と衰退を何度も見てきた彼ならではの冷静な見方である。
トーバルズによれば、現在の多くの「AI企業」は独自技術を持たず、他社の技術を借りて見せかけのサービスを提供しているにすぎない。彼が、AIが本当に日々の仕事で当たり前に使われるようになるには、あと5年はかかると予測している。それまでは、AIはデザインの素材作成や退屈な作業の自動化など、一部の分野では役立つものの、まだ発展途上の技術にすぎないのだ。
結局のところ、AIを取り巻く熱狂は、かつてのITバブルと同じ道をたどっている。重要なのは、見た目が派手なサービスに惑わされず、地味でも実際に問題を解決する技術を見極めることである。現在の過剰な宣伝はいずれ沈静化し、本当に役立つAIだけが便利なツールとして社会に残っていくだろう。
すべては思ったより時間がかかる
物事が計画通りに進まずストレスを感じるのは、自分の作業が遅いからではない。本当の原因は、「これくらいで終わるだろう」という最初の時間見積もりが、そもそも現実的ではないことにあるのだ。人気のオンライン講座「altMBA」や学習プラットフォーム「Maven」を共同で立ち上げた起業家ウェス・カオは、あらゆることは自分が思うよりずっと時間がかかるものだと指摘する。
特に、初めて挑戦することには、想定外の問題がつきものである。例えば、筆者がZapierというツールで簡単な自動化を試みた際、30分で終わるはずが、マニュアルにない問題が次々と発生し、結局2日間で7時間もかかってしまった。このように、最初の計画にはなかった調査や学習、手直しが必要になるため、見積もり時間を大幅に超えてしまうのはごく自然なことなのだ。
だからこそ、何かを計画する際には、あらかじめ十分な余裕を持たせることが重要である。物事が想定より時間がかかるという事実を受け入れ、現実的な計画を立てるべきなのだ。そうすることで、自分を「仕事が遅い」と責めることがなくなり、ストレスが減って、物事の過程そのものをより楽しめるようになる。
プロの撮影監督が手放せない5つの必須アプリ
プロの映画制作者は、スマートフォンを映画撮影そのものよりも、制作を円滑に進めるための「支援ツール」として活用している。例えば、ロケハン(事前のロケーション視察)の際には、ArtemisやCadrageといった「ビューファインダー」アプリを使用する。これにより、高価なカメラやレンズが手元になくても、どの機材でどんな画角になるかを正確にシミュレーションし、監督と構図を詰めたり、絵コンテ用の参考写真を撮ったりすることができるのだ。
光と照明の計画においても、スマートフォンは中心的な役割を担う。Sidus Linkのような無料アプリを使えば、照明機材の配置図を簡単に作成し、照明チームと共有して設営時間を短縮できる。また、屋外撮影で最も重要な太陽の動きは、Sun Seekerのようなアプリで正確に予測する。これにより、役者の顔に光が当たる最適な時間帯を計算し、撮影スケジュールを組むことが可能になる。
さらに、撮影現場ではスマートフォンが万能のリモコンになる。照明の明るさや色をモニターを見ながら手元で調整するだけでなく、Roninアプリでカメラを載せたジンバルを遠隔操作するなど、あらゆる機材と連携する。企画段階でMilanoteを使い作品のイメージを共有することから、現場での機材制御まで、スマートフォンは今や、映画制作の全段階を支えるプロにとって不可欠なデジタルツールなのである。
最高のブランドを捨てた6.8兆円の代償
多国籍メディア企業のワーナー・ブラザース・ディスカバリーが動画配信サービスの名前を「Max」から、わずか2年で「HBO Max」に戻すと発表した。このブランド戦略の失敗には、推定430億ドル(約6兆8800億円)ものコストがかかると見られている。失敗の直接的な原因は、『ゲーム・オブ・スローンズ』などで50年かけて築き上げた「HBO」という高品質なブランド価値を、経営陣が安易に捨て去ったことにある。
しかし、これは単なるマーケティングの失敗ではない。巨大企業同士が合併する「メディア統合」が持つ、根本的な問題を象Gしているのだ。利益を最優先する巨大企業は、HBOのような文化的なブランドでさえ、株価を上げるための単なる「商品」として扱う。その結果、今回の合併後には大規模な解雇や、完成した映画を税金対策のためにお蔵入りにするなど、文化を軽視する動きが実際に起こった。
結局のところ、この一件は、アートや文化が利益追求の道具にされる現代社会の姿を映し出している。メディア統合が進むと、クリエイターは力を失い、消費者の選択肢は名ばかりのものとなる。私たちが本当に問うべきはサービスの名前ではなく、自分たちの文化が巨大企業の気まぐれによって形作られて良いのかという、より本質的な問題なのである。
AIにデザイナーの「センス」を教える方法
デザイナーのエリザベス・リンは、コーディング支援AIツール「Cursor」を、プログラム作成のためではなく、創造的なデザインを探求するパートナーとして活用している。彼女は、AIにK-POPのミュージックビデオや著名なアート作品など、多様なインスピレーションの源を与えることで、ありきたりではないユニークなデザインを生み出せることを示した。これは、AIが単なる作業ツールではなく、デザイナーの創造性を刺激する存在になり得ることを意味する。
彼女は、AIに「良いデザイン」を作らせるための具体的なテクニックをいくつか披露した。例えば、「Stripeのようにして」と具体的な製品名を挙げたり、「Appleのデザイナーが承認するようなレイアウトにして」とブランドの価値観を参照させたりすることで、AIが目指す方向性を理解しやすくなる。また、一度に多くの指示を出すのではなく、対話するように一つずつ改善を重ねていくことが、良い結果を生むコツだと語る。
Cursorのようなツールを使えば、従来のツールでは難しかった「音」や「動き」を持つ試作品を、簡単な指示一つで作成できる。さらに、Notionのようなデータベースと連携させ、実際のデータに基づいたアプリケーションを素早く作ることも可能だ。結局の-ところ、AIはデザイナーの仕事を奪うのではなく、面倒な作業から解放し、より本質的で楽しい創造活動に集中させてくれる強力な味方なのである。
Getty対Stability AIの著作権をめぐる裁判が始まる
写真素材で世界最大手のGetty Imagesが、画像生成AIを開発するStability AIを訴えた裁判が、英国で始まった。争点は、Stability AIがGetty Imagesの著作権で保護された写真を、許可なくAIモデルの学習に使用したことが法律違反にあたるかどうかである。この裁判は、生成AIの学習データと著作権のあり方を問う、画期的なものとして世界中から注目されている。
Getty Images側の主張は明確だ。Stability AIは、自分たちの商業的な利益のために、著作権で保護された何百万もの画像を無断でコピーしてAIの学習に利用した。Getty Imagesは、これまで他の企業にはAI学習目的でのライセンシングを正式に行ってきた。しかし、Stability AIは正規の手続きを意図的に無視し、コンテンツ制作者の権利を侵害したと訴えている。
生成AIがどのように作られているのか、その学習データの扱いは、現在世界中で大きな議論の的となっている。今回の裁判は、そうした問題が初めて本格的に法廷で争われるケースの一つだ。この判決は、今後のAI開発のルールや、アーティストや写真家といったクリエイターの権利がどのように守られるべきかについて、大きな影響を与える可能性がある。
(Mashable)