カタパルトスープレックスニュースレター準備号
Webが複雑すぎる問題とMozillaのアドテック化/Intelの置かれている状況/AI企業はSaaS企業に収れんする/宗教界で広がるAI活用/麻薬取引はダークウェブからソーシャルに/AIの進化に追い付くため改善する評価方法など
Webが複雑すぎる問題とMozillaのアドテック化について
Mozilla財団は2024年10月、アドテック企業への転換を発表し、ウェブ業界に衝撃が走った。非営利組織として公共の利益を重視してきたMozillaだが、Googleからの検索エンジン収入に依存する現状から、新たな収益モデルを模索する判断を下した。この決定は、現代のウェブが抱える本質的な課題を浮き彫りにした。ウェブブラウザの開発には膨大な技術的複雑さが伴い、新規参入は極めて困難となっている。そのため、Mozillaのようなオープンな組織でさえ、広告ビジネスへの依存を余儀なくされた。一方で、この状況を打開しようとする動きも出てきた。アンドレアス・クリングが開発するLadybirdブラウザは、ゼロからのブラウザ開発が可能であることを実証した。また、Geminiプロトコルのような単純化されたウェブ技術も注目を集めている。しかし、もっと重要な問いかけは「テクノロジーはどのようにスケールダウンするのか? 」であり、それがいかに難しいのかBlueskyの挑戦でも垣間見える。(リンク)
Intelの置かれている状況は多くの人が考えるより悪い
Wall Street JournalのIntelに関する分析記事。世界的な半導体大手インテルの凋落は多くの人が考えるより深刻化している。データセンター向けチップの売上高で、長年の競合AMDに初めて追い抜かれた。2022年にはインテルの3倍だった実績が、わずか2年で逆転した。さらに深刻なのは、AI時代の主力製品となっているGPU(画像処理プロセッサ)分野でのシェアが極めて低いこと。AMDは消費電力あたりの性能を重視した製品開発を進め、データセンター市場での存在感を高めた。AmazonやMicrosoft、Googleといったクラウド大手も、従来のIntel製品に頼らず、ARM社のアーキテクチャをベースに独自のチップ開発を加速。Amazonは過去2年間で導入したCPUの半分以上を自社開発品に切り替えた。こうした状況を受け、インテルは昨年12月にパット・ゲルシンガーCEOを解任。現在は暫定CEOのもと、製品ポートフォリオの見直しと製造能力の強化に注力している。一方で、PC向けCPUでは依然として76%の高シェアを維持。2024年の売上高は約550億ドルと、Nvidiaの約600億ドルに次ぐ規模を誇る。しかし、独自開発を強化する大手テック企業の台頭により、インテルの市場支配力は今後も低下が予想される。(リンク)
AI企業はSaaS企業に収れんする
これまでAI企業は、高度な言語モデルや独自技術を持つことで差別化を図ってきた。しかし、最新の分析によると、AIモデル自体はもはや決定的な競争優位性を生まない。OpenAIのGPT-4やGoogle GeminiなどのAIモデル間の性能差は縮小し、ユーザーがその違いを判別することは困難になっている。このため、AI企業は従来型のSaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)企業に近い戦略を取り始めた。OpenAIは12日間連続で新機能をリリースしたが、その多くはChatGPTの基本機能を拡張したアプリケーションレベルの改良となっている。ドキュメント編集機能やプロジェクト管理機能など、既存のSaaSサービスと同様の機能を実装している。プログラミング支援AIの進化も同じ傾向を示す。初期はGitHub Copilotのような単純なコード生成が主流だったが、現在はCursorのように開発者の作業フローに統合された総合的な開発環境へと発展した。結果として、AIの価値は基盤となるモデルの性能よりも、それを使いやすく提供するアプリケーションの完成度に依存する時代に入った。(リンク)
宗教界で広がるAI活用
宗教界でAIの活用が広がっている。2024年1月、テキサス州ヒューストンのユダヤ教会では、ラビ・ジョシュ・フィクスラーが「ラビ・ボット」と呼ばれるAIを使って説教を行った。このAIは彼の過去の説教をもとに学習し、彼の声まで再現して新しい説教を作り出した。宗教指導者たちはAIを様々な形で活用している。礼拝のライブ配信を複数の言語にリアルタイム翻訳したり、何万ページもの聖典からテーマに沿った引用を瞬時に探し出したりすることが可能になった。しかし、AIの活用には賛否両論がある。研究やマーケティングでの利用は許容されているが、説教の執筆にAIを使うことには懸念の声が上がっている。テキサス州オースティンの牧師ジェイ・クーパーは実験的にChatGPTで礼拝全体を生成したが、その後は自身の経験に基づいて説教を書くことを選んだ。宗教指導者の多くは、AIは補助的なツールとして活用すべきだと考えている。(リンク)
麻薬取引はダークウェブからソーシャルに
最新の調査によると、違法薬物の取引がダークウェブから一般的なSNSプラットフォームへと移行している。InstagramやSnapchat、X(旧Twitter)などのSNS上で、絵文字を使って薬物を示すコードが確立され、取引が活発化している。例えば雪の結晶は コカイン、ハートマークはMDMAを表すといった具合だ。欧州連合薬物機関の最新報告書によると、SNSを介した薬物取引は「顕著な増加傾向」にある。2021年にはアイルランドにおける薬物購入の約20%がSNS経由で行われたとされる。米国やスペインでは、薬物使用者の約10%がインターネットを通じて売人と接触し、その大半がSNSを利用していた。こうした状況に対し、SNS各社は年間数百万件にも及ぶ薬物関連コンテンツの削除を実施。しかし、13-18歳を対象とした最新の調査では、60%が薬物関連コンテンツを目にしたことがあると回答。若年層の薬物に対するリスク認識の低下が懸念されている。(リンク)
AIの進化に追い付くため改善する評価方法
従来のSATや司法試験などの評価基準では、AIの実力を測ることが難しくなってきた。そのため、企業やNPO、政府機関は、より高度な評価方法の開発に取り組んでいる。たとえば数学者60名以上と協力して作られた「FrontierMath」という評価基準。これは大学院レベルから最先端の研究レベルまでの数学問題300問で構成されている。2024年11月の時点では、既存のAIモデルの正答率はわずか2%だった。しかし、わずか1ヶ月後にOpenAIが発表した新モデル「o3」は25.2%という予想を大きく上回る成績を残した。またエンジニアリングタスクを評価する「RE-Bench」では、AIが人間のエンジニアと同等の成績を収めている。特定のハードウェア最適化タスクでは、AIが人間の専門家を上回る結果も出ている。一方で、AIには依然として課題も残る。高校生レベルの単純な問題でも苦手とするケースがあり、長期的な問題解決においては、人間のような柔軟な思考が難しい。(リンク)
Gongの組織運営
米セールステック大手Gongが実践する組織運営手法について同社共同創業者のエイロン・レッシェフがインタビューで答える。Gongで特徴的なのは「POD」と呼ばれるチーム編成。各PODには、プロダクトマネージャー、UXデザイナー、フロントエンド・バックエンドエンジニアなど、製品開発に必要な人材が全て揃う。従来型の機能別組織と異なり、各PODが独立して製品開発を完遂できる体制を整えている。さらに特徴的なのが「設計パートナー制度」の徹底。各PODは10社前後の顧客企業と密接に協働し、開発中の機能を定期的に共有。まだ完成していない機能でも顧客に見せ、フィードバックを得ながら改善を重ねる。この手法により、95%以上の新機能が顧客に実際に活用されるという高い成功率を実現している。組織運営の根幹には「自律性と信頼」という哲学がある。レッシェフは「人々は自由に任せた方が、より良い成果を出す」と語る。例えば、顧客から機能改善の要望があった場合、PODは上層部の承認を待たずに判断を下せる。この権限委譲により、意思決定のスピードが大幅に向上した。一方で、この自律性重視の運営には課題もある。営業部門からは「何が開発されているのか把握できない」という声も上がる。しかしレッシェフは「透明性と引き換えに、より高い開発速度と従業員のモチベーションを得られる」と確信している。Gongの成長を支える組織運営の真髄は、この「管理」と「自律」のバランスにあると言える。
製品の差別化の考え方
まず、成熟市場なのか未成熟市場なのかで異なる。成熟市場での差別化は主に2つの方向性がある。1つは「程度による差別化」で、既存製品より速い、優れている、安価といった改良を加える方法。例えばメールクライアントのSuperhumanは、圧倒的な処理速度を武器に従来のGmailなどと差別化に成功した。もう1つは「二項的差別化」で、競合とは根本的に異なる価値を提供する方法。検索エンジンのDuckDuckGoは、Googleとは異なりユーザーデータを一切追跡しないというプライバシー重視の姿勢を打ち出し、年間1億ドルの収益を達成している。
一方、未成熟市場では、顧客の特定の課題に焦点を当てた差別化が有効だ。例えばLoomは「チームへの情報共有」という課題に着目し、「会議」という既存の手法に代わる新しいソリューションを提供している。差別化が難しい場合は、価格戦略の見直し、画期的な新機能の追加、提供方法の革新、未開拓セグメントへの特化など、4つの選択肢がある。実際にZoomは、従来型の営業主導のWebExに対し、すぐに使える無料プランを提供することで急成長を遂げた。(リンク)